プロフィール

naotabi

Author:naotabi

広島人です。
国内・海外問わず、旅が好きです。
旅先で見上げる、空が好きです。

World66 - visited countries


◆ 最新の旅 ◆

(検討中...)


◆ 過去の主な旅 ◆

(2013)
●東アジア杯男子初優勝記念(後付け)!
陸路で巡る五族協和の旅一ヶ月
●JALディスカウントマイルで行く!
世界最大の花と世界最小の猿を訪ねるフィリピン・ボルネオ2週間
(2011-2012)
●七十二日間インドネシア・インド横断
(2011)
●六十日間東北・北海道一周
(2010)
●百二十三日間世界一周
●二週間で八重山離島巡りからの~~~中国サンフレACL観戦
(2009-2011)
●四国八十八箇所霊場&別格二十霊場 煩悩の旅
(2004)
●グァム再訪3泊4日(妹の挙式)
(2003)
●ハワイ3泊5日(卒業旅行と見せかけて、実は某娘。FC主催ボッタクリツアー)
(2002)
●オーストラリア家族旅行1週間
(1999)
●三十五日間東南アジア周遊(初海外一人旅)
(1998)
●ネパール(障害児のための学校スタディツアー10泊11日)
(1992)
●グァム(往復にっぽん丸で9泊10日)


◆ 訪れた国・地域 ◆

[国内]
●アイヌコタン(北海道)
●琉球王国(本島・八重山諸島)
●大阪民国(五年三ヶ月在住)
●東京砂漠(四年半在住)
他、佐賀県(通過)を除く全都道府県

[東アジア]
●韓国
(ソウル・釜山・都羅山・臨津江・DMZ)
●北朝鮮
(平壌・開城・板門店)
●中国
(北京・天津・済南・青島・香港・マカオ・丹東・瀋陽・ハルピン・チチハル・ハイラル・ノモンハン・エレンホト)
●台湾
(台北)
●モンゴル
(ウランバートル⇔ザミンウード・ハラホリン・テレルジ)

[東南アジア]
●タイ
(バンコク・メークロン・カンチャナブリ・サンクラブリ・アユタヤ・チェンマイ・メーサイ・チェンセーン・チェンコーン・チェンライ・ゴールデントライアングル・ノーンカーイ)
●ミャンマー
(タチレクのみ1時間滞在)
●ラオス
(フェーサイ⇒ルアンパパン⇒ヴィエンチャン⇒サバナケット⇒パクセー⇒チャンパーサック)
●ベトナム
(ギアライ⇒サイゴン⇒ニャチャン⇒ホイアン⇒フエ⇒ハノイ・ハロン湾)
●カンボジア
(ポイペト⇔シェムリアップ)
●マレーシア
(KL・マラッカ・ジョホールバル・コタキナバル・キナバル公園・ラナウ・ラブアン島)
●シンガポール
●インドネシア
(バリ⇒ブロモ山⇒ジョグジャ⇒ジャカルタ)
●フィリピン
(マニラ・セブ・ボホール島)
●ブルネイ

[南アジア]
●インド
(コルカタ⇒ブッダガヤ⇒バラナシ⇒カジュラホ⇒サーンチー⇒ボーパール⇒アジャンター⇒アウランガバード・エローラ⇒ムンバイ・エレファンタ島⇒デリー)
●ネパール
(カトマンドゥ⇔ポカラ)

[中東]
●ヨルダン
(アンマン⇔死海⇔ペトラ)

[ヨーロッパ]
●フィンランド
(ヘルシンキ)
●イタリア
(ローマ⇔ソレント・ポンペイ・カプリ島・アマルフィ・ポジターノ・ピサ・フィレンツェ)
●ヴァチカン市国
●ギリシャ
(アテネ⇔サントリーニ島)
●イギリス
(ロンドン・グリニッジ⇔ストーンヘンジ・バース・ソールズベリー)

[北米]
●アメリカ
(ハワイ・LA・ナイアガラ⇒NY)
●カナダ
(バンクーバー⇒トロント⇒ナイアガラ)

[オセアニア]
●グァム
●オーストラリア
(ケアンズ・グリーン島・ブリスベン・ゴールドコースト)

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旅のテーマソング

一昨年の世界一周の頃から、自分の中で

『旅のテーマソング』

なるモノが出来て、

よーするに毎朝起き抜けなんかに聴く(というかPVを見る)とテンション上がって↑

その日一日ゴキゲンなBP(=バックパッカー)ライフが過ごせるっていう。。。


今回は、この↓曲だった。

[PVフル] Perfume「スパイス」 2011年11月2日リリース!



特に意味がある訳ではないんだけど。
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テーマ:バックパッカー
ジャンル:旅行

tag:バックパッカー Perfume

72日目:強制終了、そして緊急帰国。

事の顛末はまた後日ゆっくり書くとして・・・

2月4日夜、アウランガバードからハンピへ向かうため
中継地点となるショラプールへ夜行バスで行こうとしたその時、、、

己の余りにもしょ~~~~~もない不注意により、
パスポートとカメラ、ポケットマネーを除いた
すべての荷物(を全部ひとつのバックパックに突っ込んでたのがそもそも間違い)を
紛失してしまった。。。orz


そこからは、ナイアガラも知らないのに世界一周してて
茫然自失してるオレを置いてさっさとショラプールに向かった超おっとりおとぼけ君から
毟り取った2000ルピーとポケットマネーを合わせて、
なんとか生きて再び祖国日本の地を踏むための、

これってBP(バックパッカー)卒業試験じゃね?

的な・・・エマージェンシー。

シベリアに抑留された日本兵の気持ちがちょっと分かった気がするwww


もうこれって旅じゃない気がしたけど、それでも

タオルも歯ブラシもなくてちょっと不便だけど
それでもなんとかなってしまうし
荷物ないから手ブラで身軽で
どこでも行けて案外いいかも?


・・・とか思っちゃった自分は、それなりに
BPとしてのレベルが上がってきたんじゃないか。。。(自画自賛


まぁ、、、結果、

この歳になって親に関空まで迎えに来てもらう

という、かなり恥ずかしいことまでして、10日夜、無事生還。


日本は寒い。

それで、静か。

誰もが、押し黙っている。

コルカタに着いていきなり、インド人に

『日本は墓場だ』

なんて言われたりもしたけれど、
この1か月、インドネシアも含めた72日間の出来事を思えば、
それも一理あるなと思ってしまう。


今回の旅も、実り多いものとなった。


インドへ行くと、人によって

『もう二度と行きたくない派』



『ハマちゃってまたすぐ行きたい派』

に分かれるってよく言う。

自分の場合、余りにも汚くて腹壊しまくるし盗難やボッタクリが多いようだと
居心地悪いからきっと前者だろうと最初は思ってたけど、
終わってみたら、やっぱり後者。

腹は壊さなかったし、インド人にムカついたりキレたことは毎日のようにあったけど、
それでも彼らはイイ奴ら。

どいつもこいつもウザイけどフレンドリー。

会っていきなり『フレンド』だしwww


そして早くも次はまたインドもいいけど、モンゴルか、トルコか、ペルーか・・・なんて考えたりする
今日この頃www


とりあえず、

クレジットカードとキャッシュカード3枚とT/Cの紛失・再発行手続きをして、

旅の資金稼ぎのために、しばらく仕事しますwww


>たくとさん

デリーのホテルパヤルの情報ノートで、たくとさんの書き込み見ました。

テーマ:バックパッカー
ジャンル:旅行

tag:バックパッカー インド アウランガバード

61日目:列車チケ争奪戦でインド人に完敗...orz

サーンチー見た後、列車チケ取れずボーパールで足止め。。。

1/20金

今日も暖かそう。

起きた時間は普通だったけど、昨日買ったマフィンとバナナを
朝食代わりに食べてシャワーに洗濯してら、もう2時。

みつるさんが昨日貸したままだった2Rs持って宿に尋ねてきた。

ちょうど出かけるとこだったので、渡りに舟。

ガンガーの対岸へ渡ろうと、ボートに乗った。
1時間で、1人50Rs。

対岸は海辺のような砂浜で、乾季でその幅も広かったから、
鳥取砂丘のようにも見えた。砂丘同様馬もいたし。

みつるさんと一旦別れた後、久しぶりにネットに繋ぐことに。

宿では出来ないので、企画のネット屋(30h10Rs)へ行くと、
年末から全く繋いでなかったので、メールの山。

家族からの『いい加減連絡よこせメール』もあったw

3週間ぶりのskypeで特に変わったことがないことを確認した後、
インド国鉄のサイトで列車の予約をしようと思ったら、
インドの携帯番号がないと利用者登録が出来なくなっており、、、断念。。。orz

自分で好きな時に予約出来ればかなりラクだったんだが。。。

宿に帰って今更ながら宿帳に記入をしていると、
先月ウブドで会った沖縄のとおるさんが
ここに泊まっていたことが判明。

しかも、自分がフレンズに来たのは12日、
彼は10日から14日まで泊まってたから、
少し被ってたみたいでw

夜は昨日と同じくみつるさんの賄いに同行。

7歳下のみつるさんに、
ヤマト、999、ナディアの話をした。

この店は実はビールも120Rsで飲めるらしく、
明日からも来店ケテーイ♪

帰り、市場でノーマークだったモモの店を発見。
6コ20Rs。具はなんだかワカランけどw、なかなか旨かった。


1/21土

昨日の夜から、また寒くなった。

起きた時は、まだ調子良く、昼にはいつものドーサ屋(DOSA CORNER)に行った。

昨日は休みで、メニュー看板が新しくなっており、
新メニュー『パスタ』40Rsを頼んでみたが、
これが大ハズレ。

具なしのチンチクリンパスタを茹でてケチャップみたいなので味付けしただけ?
量も少ないし、これで20Rs以上取ったらアカンやろ。

口直しに8RsのSAMBAR VARAとかいう、揚げパンを使ったイドリーみたいな
料理を食べた。

前後でいつもの店でチャイ3杯+茶菓子2Rsx2個。

新たに10000ルピー下ろして一旦部屋に帰り、
駅へ列車のチケットを買いに行こうと思ったが、
ここでどうにもカラダに力が入らなくなってしまった。

寒い。悪寒。たぶん熱・・・

2時からきっちり6時まで、布団に潜り込んで寝た。

起きたら少しラクになったが、やっぱり寒い。とにかく寒い。
食欲がない。おまけに吐き気も出てきた。。。

8時から今日もみつるさんと食べようかと思ったけど、
何も喉を通りそうに無いから、今日はパスすることにした。

結構フラフラだったけど、何とか市場まで行き、
いつもの店でバナナとサントラとマフィンを購入、
ついでに風邪ひいた時よく飲むポカリは売ってないから
代わりにならないと思うけど、
ライムジュースLimcaのビッグサイズ2.25L65Rsを購入し、
敢え無く撤退した。。。

インド食はどれも同じ味で飽きたし、
ここにいてもまともな食事は出来ないから、
早く暖かくなってくれれば良いけど、
体力を奪われるだけじゃないかと。。。

いや正直もう、バラナシ⇒広島直行で日本に帰りたい。。。orz


1/22日

薬袋の中にあった、見覚えの無い解熱鎮痛剤ってのを飲んで寝ると、
2時間程して目が覚めた。

寒気はなくなっていたが、やけに頭がスッキリする。

もしやと思って薬をよく見てみると、

『無水カフェイン配合』

って思いっきり書いてあった。。。orz(深夜0時頃)

昼寝もしたことだし今夜寝られないかも・・・と思ったけど、
2時前には再び眠気が来て・・・次に目が覚めたのは朝日射す7時過ぎ。

二度寝して、ようやく起きる気になったのは10時過ぎ。

昨日よりはマシだが、今日もイマイチな調子なので、グダグダ。

前にも見た映画『RAILWAYS』の動画を見て、3時頃ようやくシャワーを浴びにでて、
さすがに今日は食べなあかんと、8時頃みつるさんとこ行って
いつもの店でホウレンソウとマッシュルームのカレーを食べて終了。


1/23月

いい感じで目が覚める。暖かい。

昨日よりも体調は良さそうだ。

窓から見たガートは人が多い。ジョニジ曰く、今日も祭りらしい。

便秘が解消したと思ったら、今度は緩くなってきたw

出しても出してもまだ出るので、今日は映画『かもめ食堂』の動画を見て
しばらく腹の調子が収まるのを待って、昼から外出。

MEGU CAFEへ行ってみたら今日も韓国人だらけで満席。
相変わらずの竹島状態にもうウンザリ。

バラナシ脱出の意を決して、駅へ。

コルカタの外国人用窓口は5人程度の客に2人のオッサンが対応してたが、
ここでは20人以上の外国人にオッサンが1人で対応していたから、
2時間半ぐらい待っただろうか?

部屋も狭かったから、なぜか『Z』の字型、そらがさらに伸びて『8』の字型に
列を作るという妙な秩序が、行列を成す日中韓欧米の旅行者の中で出来ていたw

買えたのは、1/25水 18:05バラナシ・ジャンクション発、翌朝5:00カジュラホ着、3AC下段、531Rs。
なぜか切符に列車名の記載がなかった。

一緒に列に並んだ日本人(彼のおかげで退屈しなかった)は、彼女のと合わせて
ガヤ行きのチケットを2枚買おうとしていたが、1枚しか買えず
もう1枚はウェイティング・リスト。

何だか分からないままにとりあえず1枚分の料金は払っていたが、出発は明日。
キャンセルが出なかったら、どうするんだろう。。。

8時にみつるさんとこへ行ったら、今日はみつるさんが調子悪いらしい。

風邪うつしちゃったかな?w

今日は一人でいつもの店に行き、昨日と同じほうれん草とマッシュルームのカレーを頼み、
(昨日のと違って今日のはマッシュルームがブツ切りでたっぷりだった)
おまけに12日ぶりぐらいのビールを一人で飲んだw


1/24火

8時にジョニジの来襲で目が覚めて、
昨日満席で入れなかったMEGU CAFEに今日は朝一で行くことに。

10時の開店を5分程過ぎて行くと、すでに韓国人が一組。

その後も次々と韓国人が来襲して、唐揚げ定食を食べる頃には満席に。

いやーホント、ウンザリ。

別に韓国人が嫌いではないけど、かつては日本人の『オアシス』だったところが
軒並みコリアンタウン化しちゃってるから、落ち着かないったらありゃしないwww

宿に帰ってドミ部屋の隣でかつて24時間営業?していた『フレンズマート』で
本4冊を借り(深夜特急の文庫本だけはいっぱいあったから交換してもらえた)、
シャワーを浴びた後にその中の一冊、下川裕治『アジアの弟子』を一気に読んで、
その後、山田和『インドの大道商人』を斜め読みして、夕方5時から外出。

[借りた本他2冊]
・東野圭吾 黒笑小説
・東野圭吾 眠りの森

いつもの店でチャイを持ち出して、いつもの店でチョウメンとバナナドーサ。

ソナの店でグダグダ喋ったり情報ノートに書き込んだりして
結局最新版のスリランカの歩き方を50Rsで投売りして、
8時にみつるさんとこへ。

バラナシ最後の夜ってことで、今日はビール2本。
聖書の話とか、どうでしょうの話とか、今日は久々に酔った勢いで話が弾んだ。

2/20にマリファナ入りのラッシーを飲むパーティーがあるって
みつるさんが言ってたけど、まぁそのためにここにまた来ることはないと思うw


1/25水

バラナシ最後の日。

10時にチェックアウトして、みつるさんとこへ荷物を持って移動。
(バッゲージキープしてくれるけど、戻ってくるの面倒だから)

12日に13泊したはずだけど、ジョニジのカレンダーには1/13のとこに名前があって、
支払いは12泊、1200Rsで済んだw

みつるさんを起こした形になって、荷物を置かせてもらってブランチへ。

期待しないでベンガリトラを歩いてたら、珍しくモナリザが空いてたから、
迷わず入った。

とんかつ定食に見えないとんかつ定食65Rsに、黒い味噌汁40Rs。

ガートをブラブラして見納めし、2時頃みつるさんのバイトする店へ。

しばらくダベってると、日本人のおじさんがALKA HOTELから出てきて、話し始めた。
ジャンベ教室が終わって出てきたところ。

見た感じはMurmurさん(←私にしか分からない例えですみませんw)そっくりで、
Murmurさんをさらにお喋りにしたような感じw

世界一周してて、すでにもう1年ぐらい経ってて、
これからアフリカや南米へ行く前に、ジャンベのリズムを体に叩き込みたいんだとか。

一応西回りではあるんだけど、すでに中東や、スタン系の国は廻って来たそうで、
タジキスタンでは、宿の部屋に強盗が入って怖い思いをしたらしい。

出発前に腹ごしらえするため、この人と一緒にみつるさんと晩飯食べてた店へ。

屋上でガンガーを見納めながらビール2本を空け、喋り捲り。

この人もこの店を気に入ったらしく、ここの料理は高すぎず量も多くておいしいから
毎日来ようかと、数日前の自分と同じことを言っていたw

5時になって、そろそろ出発。

みつるさんとこへ戻って荷物を取り、別れを告げて駅へ。

『この人』の話が長引いて駅に着いたのが定刻18:05ジャスト。

かなり焦って走ったが、列車はすぐに見つかった。

ただ、自分が乗る車両B2が見当たらない。

B1はあるのに、その隣にB2がない。

定刻から10分程遅れて列車が動き出したので、
仕方なく2AC(AC二段寝台)の車両の同じ座席番号のところで
車両が来るのを待って、乗り間違えたことにした。

車掌の前に来たのは、車両のクリーニング係。
といっても座席の下にスプレーを吹きかけてただけだけど、
席違うのにサインまでさせられた。

1時間位してから車掌が来て、一番ラストの車両だから移動しろと言われて
車掌の言うとおり移動したが、途中の3AC(AC三段寝台)の車両(たぶんB1)の
空いた席に座るよう言われた。

訳が分からず座ってると、同じコンパートメントのおっさんが
恒例の質問攻撃を浴びせてきて、筆談までする始末w

いつものパターンの質問に続いて、今回は初めて年収まで訊かれた。
ろくに仕事してないから年収と言われても『仮に1年働いて場合』を想定しないといけないんだがw

その年収はルピーだといくらなのかという話に続いて、
なぜか1円=1.6ルピーの計算が腑に落ちないらしく、
『ルピーは円より安いのか?』みたいなどーでもいいことを何度も確認された。

喋りつかれたおっさんが"Take a rest"というので、
空いてるしもう誰も来なけりゃここで到着まで寝てればいいだろうと思い、
勝手に毛布を出して寝てたら、出発から4時間、10時頃になって
大きな駅に停車してどっと乗客が乗り込み、自分の席もなくなってしまったので、
やっぱ本来の自分の席へ行こうと、移動開始。

確かに、B2の車両は一般の編成に後から付け足したような感じで、
一番端にあった・・・けど、車掌達が言ってたのとは逆の端だった。

着いてから分かったけど、カジュラホ方面へは途中から5両くらいを切り離したみたいで。
・・・だから、カジュラホに行かないB1とカジュラホへ行くB2が離れてたのか。

B2は旅行者だらけだった。
まぁ、列車名が『バラナシ-カジュラホ LINK EXP』っていうくらいだから
ほとんどはバラナシからカジュラホまで乗り通す旅行者なんだろう。

例によって自分の席へ行くと見知らぬインド人?の女の子二人が寝てたけど、
すんなりと席を空けてくれた。

こっちの車両の車掌はバラナシから乗ってこなかった客が現れたことで
少々びっくりしたみたいだったけど、
自分用の毛布を改めて持ってきてくれた。

ようやく就寝。


1/26木

到着遅れて朝6:00頃、カジュラホ着。

この駅は村の中心から8km程離れているらしく、
宿の客引きと共にオートリキシャーに乗らざるを得なかった。

客引きの1泊100Rs、オートリキシャー代タダというウソに
まんまと騙されて着いたホテルは、実際は1泊450Rs、
しかも村からかなり離れてたので迷うことなくパス。

再びオートリキシャーに乗り、連れて来られたのが
『HOTEL CASA DI WILLIAM』。
西群寺院入口まで、徒歩2分。

ロンプラにも載ってる宿だからここでも良かったけど、
1泊300Rsというので1泊200Rsの宿に移ろうと思い
外に出ようとすると、300⇒250⇒200に値引きしてきた。

他の客の前では黙ってろよ、とヒソヒソ声で言うので、
200でトイレシャワー付なら問題なし。交渉成立。

10:00頃、西群寺院前に片仮名で店名が書いてあった
ブルースカイレストランでブランチ。
オムライス(マトン)120Rs、チャイ15Rs(税10%別途)。

昼からは、カジュラホからの列車のチケを買いに、バスターミナルへ。

ロンプラには列車予約オフィスが西群寺院北側へ移転する予定と書いてあったが、
移転はしてなかった。

次の目的地、アジャンターへの向かうには、列車をJalgaonで降りる必要があるが、
カジュラホを通る列車はデリー・アグラ方面とバラナシ方面のみで、
しかも毎日は走っていない。

JalgaonへはJansiで乗り換える必要があるが、1/28,29共に満席。
座れない自由席で行くという手もあるけど、どっちにしろ遠回り。
Jansiからのチケットはここでは買えないみたいなので、困ってしまった。

すると、バスターミナルに来てからずっと付き纏うオートリキシャーの運ちゃんが、
Bhopalへバスで行って、そこから列車で行ったらどうかと言う。

Bhopalはスルーしようと思ってたサーンチーのすぐそば。
サーンチーへの直行バスはなく、Bhopalまで行けば頻繁にローカルバスが走ってるという。

鉄道と違ってバスは眠れないから使いたくなかったんだけど、
運ちゃん曰く、なんとインドにも寝台バスがあるらしいwww

でもこの寝台バス、ベトナムで乗ったような「全部寝台」のバスではなく、
一般の座席と寝台が1台のバスに共存しているとか。
しかも、寝台はシングルとダブルから選べるとのこと。

どんな感じかイマイチ掴めないけど、
アジャンターへ行こうにも要乗り換え、
アジャンターをパスしてアグラへ行こうにも明後日、明々後日は満席。
バラナシに戻る気はないし・・・で八方塞がり。

仕方なく、この運ちゃんの言う通り、バスで行くことにした。

カジュラホからBhopalまで、寝台(シングル)で350Rs。
(少し高い気がしたけど^^)

明後日18:00出発、翌朝5:00着。

バスのことを教えてくれた運ちゃんには感謝だが、
深夜特急のドラマでもあったように、滝は乾季にはほとんど水が無くてガッカリするから
オートリキシャーの誘いには乗らなかった。運ちゃんスマソ。

ここでも今日は祭らしく(なんだかんだ言って祭が多いな)
バスターミナルの前の広場にはステージがあって
子供が踊りと劇で拍手をもらってるのを見て、宿へ。

朝は出たお湯が出なかったけど、文句を言う気にもならず
(たぶん言わないと集中管理の温水器のスイッチを入れないから言えば良かったんだろうが)
そのまま水でシャワーを浴びた。

夕方、再び外へ。

早速土産店の客引きが店を見に来いと付き纏って来たが、
もちろんどうにかして逃げてやろうと思い、
有料の西群の横にある無料の寺院
(現地民が日常参拝する寺院)を案内させた。

本尊のリンガを参拝した後に、本堂横で(たぶん)ラーマーヤナの
朗読をしていたので、もちろん何言ってるか全く分からないけど、
夕日をバックに話を聞いてみた。

すっかり日が暮れて、最後にちょっとした歌を歌って、
参加者全員に砂糖のような粉を配って終了。

帰ろうとすると、すでに客引きはいなかったw

夕食は、市場でシーク?のシンおじさんが作ったオムレツパン30Rsを食べて、
他に腹いっぱいになりそうな屋台がなさそうなので、
こちらも片仮名で書いてあったレイクサイドホテルの屋上レストランへ。

日本語混じりで歓待してくれたが、他に客なし。

日本食もあったが、なぜかブルースカイレストランとほとんど同じメニュー。

訊いてみると、経営者が同じ(ファミリー)なんだとか。

でも、同じメニューでもこっちのほうが少し高い。

今回は日本食ではなく、グリーンリゾット160Rsを頼んだら、
確かにリゾットなんだが、真緑で具なしのリゾットで
(まぁそういうモンかリゾットってのはw)正直ハズしたw

チャイはカップで20Rs。こちらはTaxなし。

まだ8時半。
ホテルのフロントでテレビを見てたので、一緒に見せてもらった。

中国人の宿泊客が帰ってきて、壁に貼ってあるポスターを見て
これは何だとスタッフに訊いてるのを見たら、
『2007年 インドにおける日本文化年?』のポスターだった。

ただ、能か何かでお面をした人が舞っている写真なんだが、
これがいったいどこでやってる何の踊りなんだか、思い浮かばなかった。。。

日本人代表として説明してやりたかったんだが。。。

10:00過ぎ、宿へ戻ってすぐ寝た。


1/27金

昨夜、レイクサイドホテルのロビーでテレビを見ていた時、
目の前のテーブルに急須と湯呑、日本茶の茶葉があったけど
電動ポットが壊れて今は飲めないから、明日の朝来たら
日本茶を入れてあげると言われ、
その通り朝食ついでにまた行ってみた。

頼んだのは、『さくら定食』220Rs。
内容は野菜炒め、白飯、味噌汁に、OCHA/MUGICHA/CHOCHAのいずれか。
正直しょぼいし、高いけど、まぁ他のメニューも似たり寄ったりなので、仕方なく。

屋上レストランには、日本語(しかも敬語)の上手なこの宿のオーナーがいた。
ビジネスではなく、1か月程旅行で日本に行っただけというが、
それにしては上手すぎた。ちゃんとお辞儀もしてたしw

食後は、東群の寺院を見に行くことにした。
西群はメインディッシュということで、最後に取っておくことに。

東群へは、2km弱の距離。
難なく歩ける距離で、レンタサイクルはしなかった。

今思えば、レンタサイクルでちゃっちゃと行って来れば良かったと思うが。。。

東群に向かって歩いてると、子供が話しかけてきた。
ご多分にもれない質問の嵐。

東群はこっちだと違う道を示すので行ってみると、
カジュラホ村の旧村域の入口へ。

すると、子供に代わって若者とオッサンが話しかけてきた。

質問攻撃を浴びせながら、東群の寺はこっちだと勝手にガイド攻勢に出た。

付いていくと、村の中へ。

ある家の中に、日本人がいた。テレビ付きの結構いい部屋。

彼はアグラからここへ来る列車の中で知り合ったこの村人の家に居候して4日。
そろそろバラナシに向かいたいとのこと。

チャイを飲みながら、
インド国鉄のサイトだとインドの携帯がないと列車の予約が出来ないけど、
外国人でも予約できるサイトが別にあるという、いい情報を得た。

その家を出て、勝手にガイドのオッサンと若者が急かすので付いてって、
ほんまどーでもいーようなしょぼい寺の残骸を見た後、
オッサンが自分のうちに来い、カレーをご馳走するみたいな事を言い出した。

オッサンは行った。"After temple,TABERU?"

それにのこのこと付いてってしまった。一応、それはフリーだと確認した。

オッサンの家に行った。家族は確かにいた。
冷め切ったチャパティ数枚と、トマトベースのカレーが出てきた。

皿を手に取って食べた。
それまで"TABERU"しか日本語を話さなかったオッサンは、次にこう言った。

"ひやあーくるぴー"

冗談だろ?と訊いたけど、冗談じゃなかったw

"This is INDIAN RESTAURANT."(笑

ここにはインド人も日本人もコリアンもヨーロピアンも皆食べに来る。

ルピーが無かったらお前の国の通貨でも、ドルでも、ユーロでもいいぞ。

・・・ガビーン...

『夕食にはチキンのカレーを用意する。500ルピーでw』

↑さすがにこれは冗談だったw

悔しいから、腹いっぱいになるまでチャパティもカレーもお代わりしまくった。

さすがにこんだけ食ったら割り増しを要求してこないかと思ったけど、それはなかったw

手を洗うついでに皿まで洗わされて、100Rs。

たぶん本当にここはオッサンの家で、周りにいたのは本当に
オッサンの奥さんや息子に娘と、親戚の家族なんだろう。

彼らの目の前でカレーを食べて100Rsを払った外国人・・・

こちらの目には親切なガイドを装った騙しにしか見えないが、
彼らの目には、オレはオッサンに連れられてきた客として本当に見えていたんだろう。

悪気の欠片も感じられなかった。

これが正当な商法とは到底思えないが、インドでは正当なことなんだろう。

むしろ、100ドルを要求されなかったことにホッとすべきなんだろう。

・・・授業料として考えれば、非常に安く済んだんだから。

で、オッサンの家を出ると、相変わらず勝手にガイドの若者は
横でぴーちくぱーちく五月蝿い。

こいつは15歳で、学校は午前だけらしい。

暇なら家帰って勉強しろと行ってやったが、
まだ何か『プレイステーションへ行こう』とか訳ワカランこと言って腕引っ張りやがるし
『ガイドしてやったんだから菓子代10Rsよこせ』とか言うし
本屋の前に来たら『本がいるだろう。本屋に入ろう』とか言うし・・・全くアフォなヤツだ。

ヤツの手を払って歩き出すと、グッドタイミングで反対側から
欧米人が一人で歩いてきたから、ヤツは狙いをその人に変えて自ら離れていった。。。

結局東群の寺らしい寺は何も見ず
(昨日駅から連行された時に寺の前にも寄ったから、正面だけは一応見てるんだけど)
当然南群にも行かず、もう本当にウンザリしちゃったから、
西群以外の寺は見ないことにして、帰路に着いた。

西群の前まで来て、昨日も寄ったチャイ屋でほっと一杯。

するとまた、ペラペラな日本語でカープ元監督ブラウン似のオッサンが話しかけてきた。

・・・息つく間もなく次から次へと話しかけられるインド。

その人は、ガイドだった。

今、日本人の団体客16人(年寄りばかり)をガイドし終えたとこらしい。

1人だと1050Rsから、カジュラホの遺跡の面白い話をしてくれるんだとか。

さっき騙されて100Rs払った話をすると、

『世の中タダより高いものはない』

・・・という、至極全うな話をしてくれた。

そして、

『あなたは100Rs払って良かった。
 これが本当にタダだったら、あなたはまた同じ過ちを繰り返す事になる』

みたいな事を教えてくれた。

ブラウン似のオッサン、ありがとう。
親身になって話を聞いてくれて。

オッサンが行ってしばらくすると、昨日の客引きがまた現れた。

昨日中途半端にしてしまった、店に行くという『約束』を果たさなければならない。

こうしてまたインド人に連行され、近くの店に。

お茶とかネックレスなどの装飾品、正直どーでもいいものばかりの店。

店に行くという約束は果たした。

押し売りは無かった。
昨日彼の表情を見て「こいつなら大丈夫だろう」と思った約束した訳だが、
その判断に間違いは無かった。

間もなくやってきた彼の友達だという男、
(昨日の夜レイクサイドホテルに入る前に話しかけてきて適当に中国人の李だと言ってあしらった男)
彼も特に悪い人間ではなかった。

ただ、酷くおしゃべりだった。

カトマンドゥで7年店をやってた話とか、
バラナシで深夜特急のドラマに出たモケは友達だとか、
デリーで病気になった時に日本人が病院に連れてってくれて日本人には感謝してるとか、
そんな話を延々2時間半、聞かせられた。

悪くは無いけど、朝のあの事件の後のこれで、正直ウンザリだった。

日本人には『客引き』行為は迷惑だ、ちゃんと宣伝したほうがいいという話もしたので、
この店の情報を宣伝として載せておく。↓以下の通り。

 店名:IL FASCINO DELL' INDIA
 店主:Manoj Awasthi
 場所:西群入口前の商店街

で、このおしゃべり男はまだ喋りタランティーノらしいので
5時にまた会うという約束で解放してもらい、
宿に帰ってまたしても湯が出ないから水シャワーを浴びた。

5時、おしゃべり男の友達の店へ。

Onion Pakoraをつついて、それから結局ビール3本。

本当は呑みたいクセに奢らなくても良いよとか言ってたけど、
流れ的に自分だけ飲む訳には行かず、
結局全部奢った形に。

まぁそれはいいんだけど、飲んでるうちに
次から次へとこのおしゃべり男の友達が現れた。

その中の一人センさんは、最近まで8年大阪のポンプの会社で働いており、
一旦辞めて帰省、3月からまた日本で働くため、
ハローワークのサイトで仕事を探してるんだとかw

もちろん、日本語ペラペラ。

外国人登録証も高槻の健康保険証も見せてもらった。
インド人がハローワークで仕事を探してるのも驚きだが、
インドにいながらハロワのサイトを見てるってのも驚きwww

・・・これもオレを騙すインドトラップ(=幻覚)なんだろうかと
思ってしまうような事実。面白かった。

その後向かいの店に移ると、彼らの友達仲間がほぼ全員集合。

何かの話の弾みで、おしゃべり男が友達の一人にビンタをされ、
ちょっとした口論になった。

センさんによると、おしゃべり男がレストランの中で床に噛みタバコの唾を吐いたので
友達の一人がキレてビンタしたんだとか。

彼らは友達同士だが、おしゃべり男だけがカーストがシュードラらしく、
コンプレックスを持ってるみたい。

オレが間に入って宥めるような形で、なんとなくそのケンカは収束した。

おしゃべり男は腹が減ったと一人裂きに帰り、
オレはセンさんたちに連れられて
昨日食べたシンおじさんのオムレツパンをまた食べて、宿に送ってもらった。


1/28土

朝5時に目が覚めた。飲みすぎでフラフラ。

腹を下した・・・でもそれは何かに当たったのではなくて、
ビールで腹が冷えただけみたい。

手持ちの水を全部飲んでしまい、買いに行きたいが、まだ真っ暗。

夜明けを待った。

7時過ぎ、ようやく外へ出たが、まだ店がほとんど開いておらず、
1軒だけ開いてた商店の水はなんか古そうだったからやめ、
早朝の参拝に多くの人が訪れていた西群の横の寺に入って一緒に参拝。

戻っていつものチャイ屋で目覚めのチャイ。

朝食はブルースカイでシンプル過ぎたシンプルターリー100Rsと
ホットレモン10Rs。

屋上から突き出て非常に眺めのいい木の上の席でボーっとして10時。

昨夜おしゃべり男が10時に待ち合わせしてなんとかなんとかって
言ってたような気がしてたが、外に出て水を買ってるとほんとに寄ってきた。

おしゃべり男の家に行ってラーメン食べてお祈りを一緒にするとかいう話だったらしいが
そんな約束はしていなので断ったら、ヤツはどこかへ行った。
これでヤツとはお別れ。水を買って宿に帰った。
(水を買った商店の店主に、またしても質問攻撃のついでに年収を訊かれたw)

12時にチェックアウト。
日本人に宿を宣伝してくれと頼まれた。
ただまぁ・・・お湯は言わないと出ないしスタッフは挨拶はするが
特別フレンドリーでもないし、、、日本人にオススメしたいのは
むしろレイクサイドかな。

まぁ・・・そっちもお湯が出ないって韓国人だか中国人が騒いでたから
どっちもどっちだけど。

ようやく、カジュラホ最後にして最大のメインイベント、西群へ。

インド人の25倍、250Rsを払って入場。

3時間かけてじっくり見て廻った。

確かにエロティックな彫刻はあったが、当然そればっかりではない訳で、
むしろエロティックな彫刻ばかりのようなイメージで行くと肩透かしを食らうだろうな、
という感じだった。

寺院内で、昨日あったガイドのおじさんが、本当にガイドをしてたw

今日ガイドしてたのは、インド人のVIP、社長さん一家らしい。
チップをたんまりもらったが、日本にはチップの習慣が無いから
日本人へケチだと言っていた。

質問あったらいつものチャイ屋にいるから、、、と言われたが、
正直特に訊きたい事も無く、、、強いて言えば
女性が手紙を書いてる彫刻やエッチを覗き見する象が見つからなかったから
どこにあったのかな・・・ってくらいw

休憩兼ねてカジュラホ最後のチャイを飲みにチャイ屋に行ったけど、
ガイドのおじさんはもういなかった。

20歳のインド人青年にまた一方的に質問攻撃され話を聞いてるうちに
Manojさんが通りかかったが、もう目で合図するだけで話しかけては来なかった。
彼は店に来てくれただけで本当に満足したらしい。

時間はあっという間に過ぎて5時。バスターミナルへ行く時間に。

最後にもう一度、バイクに乗ったManojさんと別れの挨拶をして、
バスターミナルへ着くと、そこの商店でとりあえずチャイ。

周りの人間がまた集まってきて、質問攻撃。

陣頭に立ったのは、どこかの宿で働くオグラとかいう日本語上手なインド人。
千葉のBPが汚い字で書いた推薦文を見せてくれた。

時間が来て、バスへ。

バスは確かに、一部寝台のバスだった。

それはバスを左右に分けて寝台と座席があるのかと思ってたが、
上下に分かれていた。

つまり一般のバスの座席部分の上に寝台がある、、、ということ。

通路を挟んで右がシングル、左が少し幅を広めに取ったダブル。

ベトナムで乗った寝台バスとは違い、完全に180度横になれ、足も全部伸ばす事が出来た。

期待してなかったが乗り心地は良さそうに思えた。

・・・が、そこはやっぱりインド。

郊外に出ると、道がほとんど未舗装。
バスはジャンピングバスと化した。

バスがジャンプする度に、体が浮いて寝るどころではなかった。

夕方6時に出発して、7時過ぎに食事休憩として30分休憩。
10時半頃、10分程トイレ休憩。
深夜1時半頃にもトイレ休憩があったかな?
荷物が気になってトイレを我慢してたが、
朝4時半の30分近い休憩ではトイレ(といっても野だけど)に行った。

到着は1時間程遅れて、6時。


1/29日

着いた所は、ボーパールのセントラルバススタンド。

すぐさまサーンチー行き(を通るだけでVIDISHA行き)のバスに乗った。

なかなか出発せず、最初はガラガラだったバスは最後にはぎゅうぎゅう詰めに。

サーンチーまでといって30Rs払ったが、車掌が教えてくれないまま
(教えてくれと言わなかった自分も悪いけど)
サーンチーを通り過ぎ、
(山の上にストゥーパが見えた辺りがサーンチーだろうなとは思ってたんだけど)
終点のVIDISHAまで乗り越してしまった。

そのまま同じバスで引き返し、ヒンディー語で8Rsと言っていたのに
外人だと分かった途端に10Rsのバス代を新たに取られ、
(疲れて2Rsとかどーでも良くて文句が口から出なかった…)
今度はサーンチーだと教えてもらって無事到着。

ボーパールからここまでバスで1時間半なのに、
6時にボーパール着いたはずが、サーンチーに着いた時にはもう10時w

サーンチー駅前(というかホント目の前)の『NEW JAISWAL LODGE & RESTAURANT』に
チャックイン。ロンプラにも載ってる宿。

トイレシャワー付200Rsだが、ケチなことにお湯はバケツでの提供で、15Rs別途。

そのケチに付き合いたくないというただの根性で、お湯代は払わなかったw

ブランチはベジフライドライス。量少なくて60Rs。

部屋に戻って少し昼寝して、2時頃水シャワーを浴びて、
ポカポカの屋上でボーっとして、4時頃外出。

歩き方にGATEWAY RETERATというホテルに鉄道の予約オフィスがあると
書いてあったけど、行ってみたらそんなものはなく、
サーンチー駅でもボーパール発の列車の切符は買えず、
わずか数百m歩いただけで村の観光終了。

1杯のチャイ屋で1時間ボーっとして、宿に戻った。

夜は宿のすぐ横の市場の『TOURIST RESTAURANT』へ。

Aloo Gobhi Mutter60Rs、Plain Rice20Rs、チャイ5Rs。
おいしかったけど、同じ値段なら、バラナシでみつるさんと食べた店の方が
量も多くて格段の上。

でもまぁ、店の子供とカメラで遊べたから良かったw

宿に帰って水を買ったら、その流れで店頭に置いてあるテレビを見た。

椅子を出してくれて少し笑うなど、昼間の店主とは違って少しフレンドリーだなと思ったら、
その人は昼間会ったビジネスライクな店主のお父さんだったw
・・・顔がそっくりだったからつい間違えてしまったwww

テーマ:バックパッカー
ジャンル:旅行

tag:バックパッカー 世界一周 インド カジュラホ サーンチー ボーパール

50日目:ナマステ~~~ようやくインド初更新・・・

1/4水

7時半出発。

しばらく待ってもバス来なかったらタクシーにしようと思ってたら、
15分ぐらいして諦めかけた頃にやってきた。

でも・・・いつもの青じゃなくて、ピンクのバス。
迷ったけど、、、行き先違ってたらタクシーに乗り換えればいいやと
とりあえず乗った。
少し渋滞したけど、無事、見覚えのあるラムカムヘン駅に到着!

エアポートリンクで空港へ。
順調にチェックインして、3時間のフライト。
日本人ぽい人や韓国人も乗ってた。


コルカタ、チャンドラ・ボース空港に着いて無事入国。

学生時代から去年まで、いつかは行きたいと思いながら
なかなか呼ばれなかったインド・・・ようやく、その地を踏んだ。

ATMが見つからないまま到着ロビーを出、、、る前に
プリペイドタクシーの窓口。。。

どーやって買えっちゅーねんw

ターミナル内にATMが見つからないから
(出発ロビーは出発用の航空券がないと入れない)
とりあえず外に出て、建物の隅にようやく見つけた
シティバンクのATMで、10000ルピーを下ろした。

出入り口にいちいちガードマン立ってるから
パスポートと捨てなくて良かった搭乗券を見せ、
タクシーカウンターに行きたいとわざわざ断って
到着ロビーに逆戻り。

地下鉄DUM DUM駅までプリペイドで150ルピー。
・・・で、いきなりヘマ。

100ルピー札2枚を出して、
窓口のおっちゃんが「サダルストリートに行くんだろ?」と
陽気に話しかけてきたのに気がとられ、
お釣り50ルピーを貰い忘れたことにタクシー乗ったから気付いた。。。orz

ガタガタの道といかにもインドに来たぞって感じの喧騒の中、
20分程で地下鉄DUM DUM駅へ到着。
タクシーの運ちゃんに20ルピーくれと言われたが無視して降りる。

とりあえず入ってみた駅は地下鉄じゃなく地上駅で、
「DUM DUM JUNCTION」って書いてたから
これは国鉄の駅。
地下に降りたら、地下鉄駅があった。

改札はICタグ式の自動だけど、券売機はなしw
自動改札の意味ない気がするけど、とりあえず窓口に並ぶ。
地下鉄なのに最初に並んだ列は近距離用なのか、
隣の列に並べと言われて並び直し、ICタグゲット。
PARK STREET駅まで、6ルピー。

平日昼間だけどなかなか混んでる電車に15分程乗って
PARK STREET駅着。

北口に出て、5分程でサダルストリート。

・・・インドネシアもそうだったけど、
よくみれば欧米人や東洋人がちらほらいるって程度で、
ここもやっぱり、地元民の町。そして規模も小さそう。
目的のホテルパラゴンはすぐに見つかった。

インドらしい汚い部屋は落書きだらけ。窓なし。
外の通りに面してるから五月蝿そうだけど
まぁいっかとチェックイン。200ルピー。安い。

早速外に出て昼飯、、、チキンフライドライスを注文した所で
隣に立っていた男に声を掛けられた。

彼の名はVICKY。23歳。ブッダガヤ(の郊外)出身。
イブの日にコルカタに来て、今はホリデーとか。

彼はすぐに、電話で友達を呼んだ。
RAJ。28歳。

チャイ屋の横に腰掛けて話しながら、
チキンフライドライスを頂く。40ルピー。

そして、インド初チャイを食後に。5ルピー。(大きいのは10ルピー)
素焼きの器。
飲み終わったら地面に放り投げるのが、妙に快感だったw

VICKYが、このチャイはローカル。
マハラジャチャイはもっと旨い。一緒に飲みに行こうと言う。
予定もないので同意し、すぐ近くの店へ。
確かに生姜も効いて、ローカルのとはまた一味違ったチャイを味わえた。

ここで、RAJが合流。
さらに、日本語ペラペラな友達、ラジュー(31歳)が合流。

彼の奥さんは日本人で、奥さんと子供は日本に住む。
話を裏付けるかのように、外国人登録証まで見せてくれた。

本当かどうかワカランけど、彼は年収8000~9000万ルピー。
億万長者w
布団やサリーなどを売る店をいくつも経営する社長らしい。

「あんまり喋らないね」と言われたが、
インド人が喋りすぎなだけ。日本人はそんなに喋らない」と
答えておいたw

夜、ラジューのホテルで酒を飲もうと誘われる。

この展開ってもしや・・・

ここまでのこのこと付いて来てしまったが、
(って最初から思ってたけど)
睡眠薬強盗の手口そのまんまやんけ。

・・・と思いながらも、興味津々で承諾w

チャイの代金は奢ってくれた。

VICKYの案内で、モイダン公園を観光。

それからRAJと再合流し、タクシーでラジューのホテルへ。
タクシー代も彼らが支払った。

部屋では、レーナ他数人の男(たぶん皆20代)と知り合った。

このホテルも、実は彼が経営しているもの。

要するに彼らはすべて「友達」と表現しているが、
ラジューの金にぶら下がった子分数名、という構図。

これってますますヤバいんじゃね?・・・とか思いつつ、
TUBORG2本にウィスキーの水割りを普通に飲んで喋って
(ラジューは謳わないし踊らない、遊ばないで仕事ばっかりな日本人はつまらない、
 日本は墓だと言い放ったw)
 歯に衣着せぬ発言だが、激しく同意。)
9時にお開き。

みんなで車に分乗して、それぞれの家や宿泊先へ。
オレもパラゴンまで送ってくれた。

明日も観光に付き合うから、
パラゴンの前で8:30とのこと。

あれ、、、睡眠薬は?www

緊張は空振りに終わった。


1/5木

予想以上に冬のインドは寒く、結構疲れたのに
朝4時に目が覚めてから寝られず。

8:30にVICKY、レーナと合流。
朝飯を手で食べて
(店では、ウェイターやってる子供にパキスタン人か?と言われた)
地下鉄乗って
チャイを飲んでカーリー女神寺院へ。
チャイも電車賃も全部彼らが金を払った。

カーリーでは見もの?の毎朝生贄にされるヤギの断首を
見るはずだった(別にみたくなかったけど)が、
暢気にチャイ飲んだせいで9:30頃到着したら、
すでに終わってた。

で、なんかのお祈りだということで
歩き方に書いてある注意事項の通り・・・というか、
バリのブサキでこの前やっちゃった通りのお布施詐欺?に引っかかり、
外国人スペシャルプライス?wで
今まで最低でも1000ルピー、
この前来た日本人は3000ルピー、
同行のVICKYは4000ルピーを惜しげもなく納めた後に、
「これだけしかない」と言って
(勿論、ドルは持ってるか? 円は持ってるか?と聞かれた)
最低額更新の500ルピーを支払ったwww

その後通勤ラッシュで難儀しつつ、
タクシーつかまえてラジューの経営する店で
なんだか仕事中らしいラジューと合流。

ラジューとはまた後で会おうって事で、
VICKYと映画を見た。

インド映画だって言うけど、前半に1回だけ
唐突にダンスシーンがあった以外は、
普通にハリウッド映画に見えてしまうようなアクション物の、
正直つまらない映画だった。
(インターミッションの際のチャイもVICKYの奢り)

映画の後は
朝飯を食べた店で昼飯(ブリアーニ)を食べ、
ラジューの店に戻って夕方まで昼寝。

少しだけ、バーで歌・ダンスを見ながら
キングフィッシャーを飲む。
2本で150ルピー。初めてオレが支払う。

再び店に戻ってラジューに会って
列車のチケットの相談に載ってもらうために
明日歩き方を持って彼のホテルへ行くことを約束し、別れた。

そして、ふと思い立ってすぐ近くの店で散髪。
わずか50ルピー。
レーナがミディアムと指定してくれた。
15分程で後ろ髪を多く残して、ヤンキーみたいな髪型にしてくれた。
いかにもインド人みたいなヘン?な髪型にならなくて良かった。
結構気に入った。安かったし(さすが人件費安すぎ)ラッキーw

夕飯も麻・昼と同じ店で今日3度目の食事。
揚げたナンを千切って食べるカレーに、
ヨーグルトのようなスイーツ。
朝から今日3度も顔をあわせたウェイターの少年の笑顔がいいので、
写真を撮らせてもらった。
支払いは255ルピー。これもオレが支払った。

散髪代より高い小さなシャンプー(69ルピー)を買い、
サダルの角の店で70ルピーのキングフィッシャーを買うのを
VICKYに手伝ってもらった。

今日は朝から12時間動き回って疲れた、ということで
20:30に解放。

明日は10:30に待ち合わせ。

・・・今日も睡眠薬なしwww


1/6金

重ね着したけどやっぱり朝寒くて4時に目が覚めた。

VICKY達に連れまわされたらマザーハウスに行けないと思い、
コルカタで一番行きたかったマザーハウスへは、
9:00に宿を出て、一人で向かった。

意外に外観は普通のビルだし外はトラムも通る大通りで五月蝿い
マザーハウスを1時間程見て、10:30 VICKY&レーナと合流。

昨日の二人は一昨日と全く同じ服だったけど、
昨夜行く気だったインド唯一のゴーゴーバーを今日行くことにしたせいか、
二人とも同じタイミングで服を替えて来た。

一昨日の話で、インドにもゴーゴーバーがあると言っていたが、
一人300ドル(ルピーではない)でやりたい放題なんだとかw

・・・やりたい放題はいいが高すぎるw

朝飯は屋台のカリー&チャパティ&チャイ。

タクシーでラジューのホテルへ行って(代金VICKY持ち)
列車チケットの相談。

去年から出来たらしい(同じのか知らないけど4年前の歩き方にも書いてある)
インドレイルパス(75000ルピー)を使うと安いとか、
ラジューがいつも使ってる知り合いの代理店を通すと
バラナシまで1等スリーパーで4000ルピーだとか、
インドで鉄道のチケットを買うにはバンクレシートが必要だとか。。。

とにかく一度自分でチケットを買ってみるからといい、
トゥクトゥク?でパラゴンへ戻る。(代金24ルピーはこちら持ち)

VICKY達も17:30に再会ってことでカンタンに解放。

徒歩でイースタン・レイルウェイの外国人向け予約オフィスへ。
インド流のチンタラチンタラした感じはさすがだったが、
紙に必要事項を書いてだすだけで
おっちゃんがコンピュータでサクッと検索。
2等エアコン寝台(2A)が満席で3段式のノンエアコン寝台の下段をゲット。

ゴアまで7時間半で、なんと220ルピーという激安ぶり。
ラジューの言ってたバラナシまで4000ルピーってもうアフォかとwww

17:30にVICKYレーナと再会。
彼らの奢りでチャイを飲み、またもしつこく誘われたゴーゴーバー
(今度は200ドルに値を下げてきたw)を金がないからと言って断ると、
「じゃぁ俺達だけで行くからまた明日な」と言って
さっさと行ってしまったw

・・・一体いつになったら睡眠薬飲ませて来るんだかwww

近くの教会で小一時間ボーっとして、夕食は一昨日以来の一人飯。
一昨日と同じ店で、野菜チョウメン(20Rs)と野菜蒸しモモ(20Rs)。

日本語が聞こえたが、絡みに行く気にはならなかった。

今夜は、独りを楽しみたかった。

近くでインド人の少年同士がケンカしてて、食べてる間に収束したのかと思ったら
路上で寝る人達が固まってるエリアに飛び火してて、
母親同士?かどうかは分からないけど、
子供のケンカがおばさんのケンカになってたw

それを遠巻きに野次馬してると、
その中のおばさんの2人がこっちに来て、
さっきまで怖い顔してたのに柔らかい表情になって
「日本から?」「何日?」
「日本に帰るんだったらあなたの毛布をくれ」
「子供に食わせる金をくれ」と。

最初「毛布を買ってくれ」と言われたのかと思って
ノーサンキューって言ったら「はぁ?」って言われたwww


1/7土

列車は夜10時出発。

とりあえず朝飯。
二度お世話になったファストフードは朝はやってなかったから、
適当にハラルの店に入って、マトンカリーとライス、チャイ。

帰り際、パラゴンの隣に店を出すさとしの店へ。
コルカタで寒くて寝られないとなるとこの先が思いやられるので、
マフラー代わりのルンギ(腰巻)と毛布を合わせて400で購入。
最初の言い値は550。
さとしは今日最初の客で早く朝のお祈りをしたいからって
なんかイラついてた。

昔「アジアの安宿街」って本で見たさとしは若くて愛想が良いイメージだったけど、
実際会ったさとしは年取ったせいか
イマイチ印象が良くなかった。

それにしても・・・こんなに寒いんだったら
日本でユニクロのウルトラライトダウン買って
バンコクのロータスで229バーツの寝袋買っておくんだった、、、マジ後悔。。。

11:00チェックアウト。怖いフロント氏にサインが長いと怒られた。
思えばチェックインの時もショートサインでいいって言ってるのを無視して
漢字でフルネームのサイン書いてたから、余計イラついたんだろう。
・・・だからってキレなくてもいい気がするけどw

バッゲージキープを頼んだら、なんと2時間まで無料で、その後は100ルピー取るとか糞杉www

仕方なく2時間で戻ることにして、
今買った毛布やルンギの売値がどんなものなのか、
買った後で今更だけど、市場でリサーチすることに。
(地元民向けの店の中には値札があるとこもあったから)

しかしここで、またしても面倒な客引きに捕まった。

どーでもいいカシミヤのショールを売りたいらしいが、
毛布の値段も分かるかもと思って付いて行った。

最初の店、明らかに買う気ない素振りを見せると次の店へ。

2軒目では、店員(実は店長)が日本語ペラペラだった。
どこから?って言うから広島と答えると、
「広島行ったことある。宮島行った。写真見せたげる」と言って
アルバムを渡された。
・・・いや確かに、平和公園あたりの写真だった。宮島のはなかったけど。

しばらくアルバムを見ていると、ここは日本人御用達らしく、
店長と知り合いらしい日本人が来た。

話しかけてみると、これがちょっとした人で、
実は元産経新聞(と言ったと思う)の記者さん。
今は貿易なんかのコンサルをしているとか。

なにがちょっとしているかと言うと、
実はあの深夜特急の原稿(新聞連載用)を
沢木耕太郎からもらう仕事をしていたとかw

この人と話してるうちに例の客引きは諦めていなくなり、
バッゲージキープの2時間が迫ってきたので、
一旦パラゴンへ戻って荷物を持ってまた店へ。

途中(例のファストフードのあたり)にVICKY&レーナがいたが、
彼らに手を振ったのが結局お別れとなった。

店に戻って、インドの話や政治、領土問題など新聞記者らしい話をしてるうちに
昼飯を食べてなかったから空腹に耐えられなくなり、
中途半端な時間に無理矢理食事に誘う形に。

市場内の店で野菜と魚のカレーを食べた。
集る(たかる)ようで申し訳なかったけど、奢っていただいた。

その方(Kさん)は食事の前にアルコールスプレーでしっかり両手を殺菌。
スプーン&フォークはナプキンでしっかり拭いた。

Kさんはこれから直接バラナシに行って11日までいると言うので、
バラナシでも連絡を取る約束をして、この日は分かれた。

列車まで時間があるので、店に戻って19:30の閉店まで日本の本や雑誌で時間を潰した。
何も買わないのに申し訳ない。

ハウラー駅へはバスで行こうと思ったけど、乗り場が分からず
「○○←→ハウラー」と行き先が書いてあっても
一方通行の道をハウラーから遠ざかる方へ行くバスしか見つからなかったから、
結局駅まで歩いていくことにした。

バスもいっぱい通っていたが多くのインド人と共に徒歩でハウラー橋を渡り、
サダルから1時間半でハウラー駅へ。

初めてのインドの鉄道。
とりあえず自分の乗るMUMBAI MAIL(ムンバイ急行)のプラットフォームを発見。
個人情報丸出しの乗客名簿には、しっかり自分の名前があったw

寒くなることを予想して、パラゴンでやってた通り、
長袖Tシャツの上に半袖Tシャツ3枚、その上に長袖Yシャツにウィンドブレーカーという
『持ち服総動員重ね着作戦』で発車数分前、列車に乗り込んだ。

同じコンパートメントには、インド人1人と、意外にも日本人風の女性2人。
彼女らは中国人だった。
・・・そういえば、張り出された乗客名簿に
ガヤで降りる名前が3つ並んでたっけ。

一人は40代、もう一人は30前後か。
家族かと訊いたら、友達とのこと。
「どこから?」と訊いた地名は分からなかったけど、深センの近くらしい。

彼女らとした話:
・僕も去年(もう一昨年だけど)中国へ行ったよ
・(僕の荷物を見て)それであなたの荷物全部?
ブッダガヤにはダライラマ来てるの知ってる?
 すごい人だけど、宿予約してるの?
 ⇒宿見つからなかったら、駅で寝るよw

・・・ってか、中国(非チベット)人もダライラマに興味持ってるってのが意外。
てっきり皆共産党に洗脳されて非国民扱いしてるのかと思ってたwww

オレが下段、若い娘が中段、中年女性が上段で三段寝台を共有し、
5時に目覚ましをセットして、初めてインドの鉄道で就寝。


1/8日

どこかの駅。

熟睡できず3時頃目が覚める⇒列車が動いてない
4時頃目が覚める⇒まだ動いてない

反対方向の列車が3本くらい通って、
同じ方向と思われる列車1本が咲きに出発して、
5時頃、ようやく自分の列車が音も立てずソローリと動き出した。

・・・こりゃ5:22の定刻到着は無理だなw

一体いつ着くのか、、、ひょっとしたらとっくにガヤは
通り過ぎてたりして、、、でも中国人はまだ降りてないし、、、などと
睡眠不足の頭でボーっと考えてると
約2時間遅れの7時半頃、
中国人が"Next Stop is Gaya."と教えてくれた。謝謝。

歩き方には駅出て2kmのところにバススタンドがあると書いてあるけど、
地図がないので全く分からず。
大人しく、乗り合いオートリキシャーで。

4年前の歩き方にはブッダガヤまで60~90Rsと書いてあるけど、40で乗れた。
ただ、運転手含めて14人の超定員オーバーだったけどw

どこだか分かんないくらいブッダガヤの手前で降ろされ、
40で交渉成立したはずなのに50要求してきたから
「チョリース!!」と大きめの声で言ってみると、
運ちゃんすんなり50ルピー札のお釣り10を返してくれた。

降りてみると、大して細くない道を大勢の人が同じ方向に向かって歩いていた。
大半はチベット仏教の僧侶。
あとはインド人と中国人の観光客?
僧侶はともかく、インド人や大陸中国人がそんなにダライラマに興味あったとは。。。

ガヤから常に埃っぽい空気の中、とりあえず皆と同じ方向に歩いていると、
歩き方の地図に載ってるタイ寺院やバングラディシュ寺院が見えてきた。

兎にも角にも宿を決めないといけないので、
歩き方にあった「ラクシュミGH」に行ってみると、
その場所は「ホテルラクシュミ」になっていた。
空き部屋はあったが、1泊5000。

まぁ安宿という感じではなかったから、
ハイシーズン料金と思えば妥当か。
・・・でもまぁ5000も払う気はないから、退散。

他にも歩き方に載ってる宿を探してウロウロしたが、
何しろ大して広くもない田舎道に
ダライラマの御声を聴こうと群集が座り込んでいるので、
通り過ぎようとする人間は、特にダライラマがいるであろう
チベット僧院の前では押し合い圧し合いになって擦れ違うのも困難。
荷物を背負ったまま、押されて2回転倒して1回誰かの足を踏んだw

目当ての宿がなかなか見つからず、疲れた。
まだ朝だから、荷物背負ったまま観光だけして夜の列車で
すぐにバラナシに行っちゃおうかと思ってとりあえず日本寺を参拝。

鎌倉大仏を少し小さくしたぐらいの大仏の横の釈迦堂で疲れて休憩していると、
日本語で声を掛けられた。
うちには部屋がある、300でいい、宿に着いたら観光の案内をする、と。

・・・仕方なく、バイクの後ろに乗った。

彼の名は、タシ。19歳。ネパール系?か、インド人ぽくない顔だった。

マンタGHと彼は言ったが、着いた先は一見普通の3階建てぐらいの民家で、
看板は見当たらなかった。

1階玄関の広いスペースにベッドひとつと毛布が3枚敷かれており、
どーも彼の言う「部屋」とは、ここのことらしかった。

もう疲れたので、300を200に負けさせて、すぐ荷物を置いて観光へ。

最初に連れて行かれたのは、タシのいとこだという、
日本語ペラペラの男(28歳)がいる代理店。

バイクでの観光は「片道1時間半。ガソリン代として500ルピーだけでいい」と言うから
念のためガソリン単価を聞いてみると、彼はリッター71ルピーと言った。

負けてもいいけど、その分私がやってる土産物屋で何かを買って欲しいと言って来たが、
何も買う気ないから言い値のまま払うことにした。
(後で考えれば、片道1時間もかかってないし、どーせガソリン単価も嘘だろうから、
 300ぐらいで十分だったと思う。というかブッダガヤは大菩提寺と日本寺で
 ゆっくり出来れば十分だった。。。)

それとすぐにガヤからバラナシまでの列車のチケットを買いに行きたいと言ったが、
今日は日曜だからオフィスはクローズ。
仕方なく、運賃300と手数料200の、合計500を払った。
(これも言い値のまま払って後悔。運賃は220だったコルカタ⇒ガヤの半分ぐらいだから
 150ぐらいでいいはずだし、手数料200もかなり高かった。)

チキンカレーとナンの昼食を食べ、
「トトロの樹」とタシが呼ぶ(一応「となりのトトロ」は知ってた)どーでもいい樹を見て、
前正覚山へ。

まぁどこにでもある小さな洞窟の中の仏像を拝むんだけど、
それよりも、そこに行くまでにバイクで中を突っ切った
インフラ設備ゼロのかなり原始的な村の方が、
「ウルルンってこんな感じのトコ滞在したんだろうな」的で面白かったw
子供は片っ端からハローハロー言ってくるし。

あとは、橋がなく轍の上をなぞる様に進んで浅い川のド真ん中で軽く転倒したりとかw

帰り際、スジャータがブッダに乳粥を振舞ったというセーナ村へ。
なんだかよく分からない円形の遺跡を教師だと言う男に案内された後、
私の学校を見てほしいという話になり、
遺跡の隣の「学校っぽい建物」に。

当然の如く寄付を求められたが、今日は日曜だから授業はないし、
自習してるような女の子は二人いたけど、本棚になぜか「地球の歩き方」w

・・・ココが本当に学校なのかどうか分からず、寄付は50Rsとした。
(お決まりの『台帳』にも、学校かどうか怪しいって日本人のコメントがあったw)

村に戻って列車のチケを受け取り、
(使えたけど、A4の紙1枚だけ渡されてこれがチケットですって言われても。。。)
土産物屋へ。そこの店主も日本語ペラペラ。HPもあるとか。

土産物と言っても、そこで売ってるのは数珠。

普段売られているのは梅干の実を繋げただけで、
ここのはホンモノの菩提樹の実を使って作っているらしい。

でもまぁ、、、数珠なんぞ年に数回使うだけだし必要ないから
「ダライラマは中国の話とかするの?」って話題を変えると
「いらない?」ってw
「うん、いらない」って答えると、すんなり解放してくれた。

タシの連行もここまでということで、6時に宿に帰るという話にして、
一人で大菩提寺へ。
中心部の仏塔や菩提樹の周りでは、五体投地を繰り返す人や、
僧侶に片っ端から10ルピーずつ配る人がいた。

17時を過ぎて暗くなり始めたので、慌てて日本寺へ。
忘れていたが、夕方の勤行の真っ最中だった。

参加者は、ほとんど外国人。
僕は日本人の意地?で、正座で望んだw

朝夕1時間の座禅だが、日本でよくあるようにちょっと動いたら
叩かれるようなことはなく、時間も20分ぐらい早めに切り上げられたw
この日の担当僧侶は、以前永平寺にいたらしい。

勤行が終わるとすぐに追い出され、宿に帰ったら18:10。
10分遅れで、タシはいなかった。

タシは夜ビールを飲んでダンスを見ようとか訳ワカランこと言ってたから
解放されてよかった。
一人で夕食を食べに出た。

周囲はテントも張られるぐらい人がいるんだが、
その横で夜は野外ライブのイベントがwww

もうちょっと厳かな感じにならんのか、チベット僧たちよ。。。

チベット僧に混じってフライドライスと麺を食べ、ビールを買って
宿に戻り、ビール飲んで"Oyu, do you want?"という
宿のオヤジにコイル湯沸し器で沸かしたお湯をもらってシャワーを浴びてると、
タシが帰ってきた。
やっぱり入れ違いだったらしい。

もちろんオレの奢りで、ビール2本を買いに。

出掛け際に同じくロビーで寝るアメリカ人女性に
(さっき帰ってきた際、自分だってロビーで寝るくせに
 「あなたここで寝るの?」とか言ってきた)
「日本人に見えなかった」とw
まぁ、、、コルカタでインド人ぽく切られたからね。

屋上で飲み直す。

当然の如く下ネタになったが、19のクセに
「3ヶ月前、前正覚山で日本の女とジキジキした」とかw
嘘くせー。

ガヤ駅までの送りは車だと600、バイクだと300と足元見られたので、
自分で行くことにする。
明日は3:30起き。23:00頃就寝。


1/9月

3:30の直前に起床。

どーしても起きなければならない場合、目覚ましがなる直前に目が覚めることが多いが、
今回もそのパターン。
(他にも3:00頃出てった客がいたので、その音で起きたってのも)

通りまで出て、オートリキシャーを捕まえたいが、やはり走ってない。
サイクルリキシャの爺さんの誘いを振り切って、
少し歩いてからオートを待つ。

空のオートだと貸切になってしまうから客のいるオートを狙うが、
それだとなぜか止まってくれない。

行きは40で来たから、深夜割り増しということで100で行ってくれるのを探すが、
どれも150と言って来る。時間もないし焦ってきたところで、
100でOKなオート発見。
途中客が拾えなかったせいで、駅に着くと120を請求されたが無視して100を払って駅へ。

駅では(というか駅の外まで)、床一面人が寝ていた。
それを避けながらホームへ。

各ホームの小さな電光掲示板しか、列車の情報を示すものがない。

各ホームで内容が違うのかと全部ホームに行ってみたが、
後でどれも表示内容が同じだと気付く。

自分が乗る(いかにも速そうな)DOON EXPRESSは、
やはり昨日の朝降りた1番ホームから。

定刻を過ぎて30分程待っていると、アナウンスで目当ての列車が到着することが分かった。

乗り込むと、自分の席にはすでに人が。
進行方向に平行に寝る2段寝台の上段だったので、下段の人に確認するが、
間違いないとのこと。

どーしようか考えているうちに、下段の人は
目の前の3段寝台の中段に空きを見つけて移ってしまった。
おそらく、気を利かせてくれたのだろう。

でもそれよか、この居候をどけてくれたほうが嬉しいんだけど。。。

車掌が来て検札するも、彼のチケットはチェック済み
(ならどっちかが間違ってることは分かるはずだが)らしく、
居候に手でちょこっと促しただけで次へ行ってしまった。。。

居候氏が車両を間違えたのか、意図的に乗り過ごしているのか
はたまたダブルブッキングなのか、、、よくは分からないが、
こういうことインドでは結構あるらしい。

自分以外の席で物を紛失すると紛失証明の発行時に面倒なことになるから
予約してない席には座らないほうが良くて
こういう場合には意地でも居候を退かす必要があるらしいけど、
英語も出来ない(話す気のない)相手とどう口論すればいいのかってのもあるし。。。

結局、居候も僕もそのままで4時間半後、ムガールサライで一緒に下車。

プリペイドオートリキシャの運ちゃんを振り切って
歩き方に書いてある通りのバススタンドに。

歩き方にはガート近くのBenya Parkまでバスが出ていると書いてあるが、
聞いてみると、そこへ行くにはRajghatってとこまで行って歩く必要があるとか。

教えてくれた人に感謝しつつ、
とりあえず目の前のバスの最前席に座ってRajghatってところへ。

約1時間程して終点。
着いたところはバラナシ駅だった。
・・・Rajghatってどこやねんw

そこからオートリキシャでガートへ向かうことに。

言い寄ってくる運ちゃんを振り切り、
スタンドのそばで休憩してた爺さん運ちゃんに声をかけたら、
50でゴードウリヤーまでですんなり交渉成立。

ゴードウリヤーのだいぶ手前で降ろされたが、
他の運ちゃんのように乗る前と違う値段を初めて言って来なかった。

目当ての宿をガンガーフジホームに決めて歩き出すと、
次から次へと日本語で声を掛けて付き纏う輩が。

そいつらはLuxmiGHの客引きだったが、
ガンガーフジホームを見て気に入らなかったら行くと言ったら
すんなりいなくなったw

ガート近くに行くと、代わりに別の客引きが。
彼はPuja GHを薦めるので、それを見て気に入らなければ
ガンガーフジへ行くことに。

Pujaへ行ってみると、それはメインの火葬場のすぐ近くで、
ガート沿いではもっとも高い建物。
屋上からの景色が最高だったので、一発で心変わりしてしまったw

値段もダブルのシングルユースで、200。
部屋は広く、調度は鏡しかないけど、シーツや毛布は綺麗そう。
これであのパラゴンと同じ値段ってことは
パラゴンが高いのかこっちが安すぎるのか。。。

チェックインして、屋上のレストランで昼飯。
チーズフライドライスとチャイ、105ルピー。
少し高いけど、場所代と思えば安い。

日本語の本もあったから、4時頃まで居座った。
高さがあるので川岸だけでなく、
周囲の民家の様子を上から覗き見ることが出来て、面白かった。

コルカタで会ったKさんに再び会おうと思い、
電話をかけられる店を探したが、土産物屋ばかりでなかなか見つからない。
それどころか、飲食店も少ない。
黄金寺院の周りだから仕方ないのか。

韓国人のおばちゃんの集団に「黄金寺院はカメラを持って入れるのか」と
訊かれたが、「たぶん大丈夫」と適当に答えた。
おばちゃん達はお礼を言って寺に入ろうとしたが、
やっぱダメだったらしいw
すぐに引き返していた。。。ウソ情報スンマソ。

電話屋は、市場の辺りまで出て、やっと見つかった。

入ってみると、店の中はおっちゃんの寝床と
料金メーター付きの電話機1台、プリンタのような機械1台のみ。

先客の料金を見てみると、最初の1分が3ルピー、
その後1分毎に1ルピーという、極めてシンプルな料金体系だった。

自分の番が来て電話、Kさんの携帯に繋がり、
6分で8ルピー。通話品質がイマイチで、
最初は良かったが、最後はお互いの声が聞こえなくなった。

待ち合わせは、誰でも分かるらしい、
駅の北側(ナデーシャ)のインディアホテルに、7時。

サイクルリキシャと50で交渉成立し、到着。
なんかツアーとかごちゃごちゃ言ってくるのを無視すると
70払えといってきたが、50を投げるように払ってホテルへ。

Kさんは、ガイドの身分高そうだけど決して天狗ではなく
落ち着いた感じのラジュさんと共に現れた。

少し歩いた高級そうなレストランへ。

フライドライスに白いライスにチャパティ4枚に野菜カレー2種類で
お腹いっぱい。今回も奢っていただいた。

コルカタでは毛布の工場見学とかどう?と言われたが、
それは今日もう行ってしまったらしい。
明日の取材には同行できないらしく、
「夕方、Pujaのあたりのガートで会えたら会いましょう」という
極めてその気のない約束で、お別れした。
(当然、翌日お会いすることは出来なかった。
 会う気がないならその旨言ってくれれば良かったんだが。。。)


1/10火

宿を出て、目の前のLalita Ghatから北(下流)へ。

すぐ隣が火葬場で、撮影禁止と知りながら
遠いからいいかと、ついついカメラで撮ってしまった。

すると10mぐらい離れたところから悪そうなオッサンが近づいてきて、
こう言った。

「あなたは撮影禁止のところの写真を撮った。
 あなたはポリースのところへ行って謝罪してペナルティを支払わなければならない。
 ・・・けどそれを見逃してやるから、
 チャリティ・ドネーションとして蒔代を払え」

噂通りの展開で一瞬怯んだが、オレはヤツが他所を向いた瞬間に
片手で今撮った画像を消し、急に強気になったw

“Where is POLICE!!!”

これを強めに言って歩き出すと、オッサンはあっさり諦めたwww

ここはバラナシのハイライトのひとつ。

次々と花で飾られた遺体がえっさほいさと運ばれ、
一旦ガンガーに浸して、待機。
薪を組んで遺体を載せ、さらにその上に薪を置いて、
着火剤を撒き、藁に火をつけて点火。

30分程で遺体の形はなくなり、1時間ほどですべてが灰になった。。。

当たり前だが24時間ひっきりなしに火葬専門のカーストが遺体を焼くので、
この辺りの煙は特に酷い。
一気に喉を悪くしてしまった。

そこからさらに北へ行くと、沈みかけた寺があって先は
ほぼ観光客の来ない、地元民のエリア。

宿からも見たけど、みんな凧揚げばっかしてる。
これも何かの祭りらしい。

来る時に通った車と鉄道の併用橋の辺りまで来ると、
ガート巡りの終点。

疲れて階段に座ってボーっとしていると、
やっぱりここでも日本語で話しかけられた。

このオッチャンもまた日本語ペラペラで、
本当かどうかは分からないが、
世田谷の料理店で11か月程働いていたらしい。

自分がコンピューターエンジニア(SEじゃ通じないと思ってこう言っている)というと
パソコン買ったんだけどどうもマザーボードが壊れたらしいとか
プリンタと繋がる線が鼠に食われたとか、
日本の友人にソフトバンクの携帯をもらったが
どうやったらインドで使えるのか?とか、次から次へと話を。。。

暗くなってきたことだし、そろそろ帰ろうかとすると、
執拗ではないが「もしよかったら」と、
今彼が(無職なのに家から離れて)寝泊りしている
シスター(たぶん妹)の家でチャイをご馳走になることに。

これは睡眠薬強盗の典型的な手口、、、と思いながら付いて行くとw
家でシスターや子供達は昼寝の真っ最中。

子供達のパスポートや大学の学生証など、
正直どーでもいいんだけど、いろいろ見せていただいた。

家では、シスターの夫が内職をしているそうで、
額に付けるティカ(←名前忘れたけど赤いの)用のシールを、
1個1個台紙の上から専用のノミみたいな工具を金槌で突くことで作っていた。
台紙1mにつき、収入は25~30ルピーとのこと。

出していただいたチャイにはもちろん睡眠薬は入ってなかったし、
カメラの動画機能で遊んだりして、楽しかった。
(撮った動画は消すように言われたけどw)

インドの食べ物の話で、ラブリーとキャロットの話になり、
それがなんだか分からないので、買いに行くことに。
ラブリーは牛乳、キャロットは人参から作った
お菓子だと思うんだけど、
これがそれぞれ結構高いのか、合わせて100ルピーの奢りとなった。

悪く考えれば結局こうやって集られたんだろうなとも思えるが、
まぁ何だか分からないスイーツを食べることが出来たんだから、
良しとしよう。

オッチャンにガートまで見送ってもらい、7時頃宿へ帰る。
遅くなったのもあるがやはり、Kさんと再び会うことはなかった。

気を取り直して、オッチャンに教えてもらった、
「タダでカレーが食べられる店」へ。

ここはてっきり貧民用のレストランかと思ったら、しっかりと

 "Free Meals For Tourist"

と書いてある。
つまり建前上は、旅行者なら誰でも食べていいってこと。

ここへ来る前に捕まった客引きのマセガキ(12歳)に案内させ、店内へ。

店は入れ替え制で、席を争う必要はない。
席について、皿が配られ、ライス・チャパティ・ダールなど4種類のカレーから
好きな物を好きなだけ食べれば良い。
言えばスプーンもあるし、必要なのは名前を申告するだけ。
(これに何の意味があるのかは不明)
わんこそば状態で次から次へとお代わりいるかと訊いてくるので、
大食いでも腹いっぱいになる。
ただし、残したら50ルピーの罰金。

店を出てマセガキに今度はビールを売ってる店まで案内させた。
これが結構遠く、15分ぐらい歩いたか。
地下のその店(でも表にはっきりBEER SHOPと書いてあった)では
その場で飲めるスペースがあるせいか、
コルカタで70、ブッダガヤで75だった大瓶1本が
ここでは最初の言い値150、値切っても100だった。

まぁ州によって酒税が違ったりするんだろうが、
高いのでその場で飲む気にならず、引き返した。

帰り道、ホットミルクに興味を示したら、マセガキが奢ってくれた。
素焼きの茶碗1杯で30ルピー。
どうも牛乳系はチャイより高いようだ。

ブッダガヤの19歳のタシもそうだったけど、
こいつに至っては12歳のくせに
噛みタバコはやるし、下ネタは一通り知ってるし、
「お前まだ子供だろ?」って感じで呆れてしまったw

さらにこのマセガキ、確かに着てる服は安物ではなさそうだが、

「オレはデリーから来た旅行者だ。パパは大金持ち。
 この服は4000ルピーもするし、クリームなんか250ルピーもする」

と言って、「Rs 25.00」と書かれたクリームを見せてくれたwww

もう眠いから帰るというと、そいつも納得し、
じゃぁ明日の1時に店に行くという約束をした。
(もちろん守る気ゼロ)


1/11水

喉が痛い。

コルカタの大気汚染、空の掠れ方は
北京なんかのそれに似ていて、まぁ想定内だったんだけど、
村であるはずのブッダガヤが意外にも
例の祭りのせいでオートリキシャーだらけで
沿道ではマスクが売られるほどだったw

で、バラナシに来て、マスクこそ売ってないものの、
火葬場やそこらじゅうの野焼きで立ち昇る煙と埃にやられ、
喉の調子は悪くなる一方。

キツイ。

今度はガートの南側を、1日かけて散策。

久美子ハウスを覗いてみたら、そこは韓国人だらけだった。

・・・あれ?・・・日本人は?

Pujaは景色で決めたけど、吹き抜けで音が反響して
五月蝿いので、良さそうなら引っ越そうと思ったけど、
これは浮きそうなのでやめた。

昼飯はアプサラという店で
オムレツとチャイ(スモールポット15Rsでカップ3杯分)。
この辺りも、なぜか韓国人だらけだった。。。

もうひとつの火葬場を過ぎ、南端のアッシーガートへ。

ここから通りに出て、トゥルスィー・マーナス寺院へ。

ラーマーヤナの物語が絵と共にヒンディー語で壁に書かれているが、
正直全く分からずw

靴預かり代を請求されたが、無視して行ったら追ってこなかった。

次のドゥルガー寺院では、中にはヒンドゥー教徒しか入れないと
歩き方には書いてあるのに、どうぞ中へと促され、
サンダルを預けた。

額に印をして紐を首にかけられ100ルピーを見せられたが
「はぁ?」と言ったらスルー出来、5分程で外へ。

ここでは預かりのオヤジとは違うオヤジが語気を強めて10ルピーを要求してきた。
(見た感じインド人はもともとどここかで脱いで裸足らしく、預けてたのは3人ぐらい)
小銭があれば値切ってやろうと思ったが、それがなく残念。
言い値通り払った。
横のオバンが「やったな!」って感じで預かりのオヤジに言ってるのが腹立った。

宿の近くに戻り、プジャ(毎晩やってる祈りの儀式)を見て今日もフリーミールの店へ。
今日は、2軒向かい合ううちの別の方。

並んだ途端に目の前の爺さんにバクシーシを求められたが、
断ったら素直に前を向いた。

昨日一通りの手順を学んだので、今日は堂々としたもの。

言わなくてもスプーンを持ってきたが、使わずに手で食べた。

目の前のオッチャンがいろいろ世話してくれるが、ヒンディー語。

「ジャバン?」って言うのが分からず「JAPAN」と答えてたら、
横の欧米人ぽい人が「RICE」と教えてくれた。

要するに、「ご飯のお代わりいる?」とオッチャンは
世話してくれてたらしい。泣けたw

物乞いと一緒に食べたカレーで、今日も満腹になった。

でも夜は腹八分目でいいから、朝か昼にこの店やってくれると助かるんだが。。。


1/12木

今日こそ宿を変わろうと思い、昨日アプサラで見た歩き方にメモしてあった
フレンズGHへ。

シングルもダブルもフルだったが、ドミを見せてもらうとガートの目の前で
部屋から日の出を拝めそうだった。

しかも、目の前の窓枠は猿の通り道。

目が合ったときの「ヤバっ」っていう猿の表情が面白いw

ドミの同宿は1人だけ。後で知ったが日本人。

シングルやダブルの方は韓国人や欧米人で、日本人はいないようだった。

100ルピーだしお爺さん(ジョニさん)も感じの良い方だったので、
ここに移ることに決めた。

ちなみに、この人の息子のラジャさんは今京都で働いているらしく、
寛平やタムケン、チュートリアルなどが出るよみうりテレビの番組に出演してた。

Pujaに戻ってチェックアウトギリギリの12:00まで屋上から景色を眺めた。

すぐ隣の建物の屋上で赤ちゃんをあやしていたお母さんが手を振ってくれたり、
引っかかった凧を取ってあげたりした。

フレンズに移り、とりあえずShivaレストランへ。

ネパールターリーのセット、ベジ用で100ルピーと、
カップ1杯で15ルピーの高いチャイ。

この辺りはベンガリトラと呼ばれるが、
見かけた日本人は一人だけ。

あとはたぶん皆韓国人で、インド人は日本語で話しかけてくるものの、
日本食の店も韓国人でいっぱい。
コリアンタウンというか、竹島同様韓国の実効支配って感じになってきてたwww

宿に戻ってしばらく中谷美紀「インド旅行記Ⅰ」の続きを読み、
混み合う時間を避けて近くのJYOTIという店に入ったら、
「Hiroshima Okonomiyaki with mionesse」とかいうメニューがあったので、
迷わず注文。

「mionesse」が何だか分からなかったが、マヨネーズだった。

ちゃんと麺もあり(麺と生地が逆さになってたけど)、それはソースで味付けしてたが、
生地にはマヨネーズがかかってるだけだった。

それをチャイで食べる。。。

まぁ似ても似つかないものではなかったし、
(特に生地はちゃんとお好み焼きになってた)
これはこれで「食べられるモノ」だったから及第点。65ルピー。

宿に戻ってしばらくすると、同宿の人が帰ってきて、情報交換。

やたら韓国人が多いが、彼曰く、韓国では今バラナシがブームなんだとか。

大阪・天満の焼き鳥屋で働いてたフリーターで、
ジャマイカなどマリファナを吸える国をいくつか廻ったらしい。

でもここでは質のいいものが手に入らないから吸わないんだとかw

明日はガンガーの日の出で目を覚ましたいな、と思いつつ就寝。


1/13金

日の出で目覚めるどころか、寒さとガートのそばで
常に話し声が聞こえる五月蝿さで寝られずwww

4時半頃からすでに目の前で沐浴を始めた人がいて、
6時になるともう観光客がボートで行きかい始めたから、
自分も外に出て、8時半頃まで朝の雰囲気を楽しんだ。

日の出は7時前。さすがに冬は遅い。

7時半頃にはHISのボートを発見。
でも韓国人団体客のボートがアンニョハセョ言いまくりで行きかうのとは違い、
HISのボートにはインド人風5人と日本人風3人だけの寂しい感じだった。

8時頃にはすぐ横のガートにインド人に連れられて日本人カップルが来て、
男が沐浴。
ちょっとだけバタフライもしてたw

川から上がると、着替えのため全裸にされ、インド人から声が上がっていたw

久美子ハウスの前で韓国人と共にクリケットを見て、
宿の近くのガートに戻ると、
サドゥーの一団がいて、中央の一人は
炭火の中に顔を突っ込む修行をしたらしく、
顔の左半分の肉がベロ~~~ンと垂れ下がっていた。。。

宿に戻って、同宿のフリーターと朝飯。
チャンドラという店で、中華丼45ルピーとチャイグラス10ルピー。
中華丼の味付けは薄かったが、野菜たっぷりでおいしかった。

宿に戻って昼まで情報ノートから情報収集。

昼飯は軽くでいいと思い、出てすぐの店で
サモサとなんだか分からない甘いお菓子と、チャイで済ませた。

ちなみにこのチャイハネはちょっとお気に。
(深夜特急ドラマのイラン辺りでこういう言葉聞いたけどインドで使うのかは不明)
店内(といってもオヤジの後ろの4畳半ぐらいのスペース)にテーブルがあって
座って飲めるし、5ルピーでグラスだから量も他の店よりちょっと多い気がするし、
何より旨い。まぁ他所のも旨いけど。

戻って昼寝して、日記書き。

夕食はSHREE CAFEでベジターリー65Rsと、バナナミルクシェイク35Rs。

正直、肉の入ってないカレーならフリーんとこので十分だなw

バナナミルクシェイクは旨かったけど、当然氷が入ってたから
ガクブルしながら全部飲んだw


1/14土

昨日は日の出とともに起きなかったから
いつもの耳栓&アイマスクをしなくて
結果全然寝付けなかったけど、
毛布を1枚追加していつも通りの寝方をしたら、
それでもやっぱり寒くて何度か目が覚めたけど、
23:30に寝て9時まで寝ることが出来た。

今日明日はなんだか分からないが
ジョニジ(最後の「ジ」は敬称)曰く祭らしく、
いつもより人出が多い。

ガートにもボートにも対岸にも昨日より多くの人が。

眠れたことで体調は少し回復したかもと思って外に出てみたけど、
やっぱり悪い。

悪寒ってほどの寒気は感じてないからたぶん熱は出てない気がするけど、
咳・タン・鼻水に喉の痛み(特にいつもより色の濃い鼻水の量がスゴイ)と、
風邪の諸症状だらけ。

食欲も無い訳ではないけど、カレーは正直飽きたし
これといって今食べたいものがない。

・・・なのに、することもなくなってきたから
いい加減サールナートにでも行ってみるかと、
何を思ったか、情報ノートの

「駅前からのみならず、ロフラービール(交差点名)からもバスが出てる」

という情報をアテにして、バラナシ・カント駅より気持ち近い
ロフラービールまで歩いて行ってみた。

けど・・・いつものようにスタスタと歩けない。
身体が重い。

埃にまみれてゆっくり1時間程歩いて、やっとロフラービールとかいう所に着いた。

が、、、バスらしきものがない。
オートリキシャーはいるけど。。。

仕方なく、歩き方曰く「ミニバスが出てる」バラナシ・カントの駅前へさらに2km。
この時点で、すでに午後1時。

歩き方の地図に「バススタンド」と書いてあるバスターミナルへ行ってみた。

かなりバテて、着いたと途端にベンチに座ってしまった。

ターミナルのホームに書いてある行き先、時刻表はすべてヒンディー語。

・・・まったくわからん・・・orz...

アーアー言いながら手を執拗に差し出すサドゥー風物乞いとしばらく格闘した後、
なぜかそこだけ英語で併記されてるEnquiryへ。

「サールナート行きのバス乗り場はどこ?」

必死の質問に窓口氏は、インド式(たぶん)に右の掌をブラブラさせて

「んなモンねーよ」

的な返答をしたw

さて困ったぞ、、、んでも、歩き方には「駅前」と書いてあったけど
このバスターミナルは「前」というよりは数百m駅の「横」にある。

ってことで、駅「前」に行ってみた。

最初来た時にバスを降りた場所では、大型バスが数台。
これはどーみても「ミニバス」ではない。

そこを通り過ぎて反対側も含めて探しまくったけど、
バスはどれも普通サイズか、むしろ大型のみ。

タイでいうソンテウやロットゥーのイメージに合う車は見当たらず。

ただ、普段は黄と緑のツートンカラーなオートリキシャーを
白一色に塗り替えたような車が数台止まって
客引きたちがインド人客を次から次へと車に乗せている場所はあった。

・・・これがミニバス???

多少シャイでも絶好調なオレだったら、
その人混みの中にジャパニ代表として割り込んで

「この車はサールナートへ行くのか? 行かないのか?
 そこんとこはっきりしろゴルァ!!!」

・・・ぐらいは言うはずなんだが、
時刻はすでに2時半過ぎ、、、おまけにドラクエでいうレベル33で
残りHPが50を切ったような不調では、
今日サールナートへ行くのは止~~~めたって感じで、
正直インド人と絡むのも疲れるからやだ、、、って気分になってしまった。

で、ガートから駅までの道がだいたい分かった意外に成果のない日は
自分の中のルールで「ご褒美なし(=金をとにかくケチること)」になっているので、
体調悪いくせに帰りも1時間以上かけて歩いて帰ったwww

ガートまで戻ってきたのが4時頃。

今日はもう正直食事に出るのもダルイ。

そんなときに目に入ったのが、ガート前の市場に並ぶバナナ。

バンコクのクロントゥイ市場に並ぶバナナは
日本で食べるのよりいくらか小振りで、しかも黒くなり過ぎてるか
逆に全然熟れてなくて緑色のが多かったけど、
ここで見かけるのは日本のとほとんど変わらない(少しちっちゃいけど)。

あんまり間食しない人間なので、
2食か3食しっかり食べとけばいいと思って
特に珍しそうなもののない果物には目が向いてなかったんだけど、
このときばかりは、この黄色いバナナがアンパンマンの顔に見えたw

バナナは1房毎の売買ではなく、「4本で10ルピー」とのこと。
道理で、バナナ数本だけ袋に入れて歩いてる人が多いなと思った。

さすがにこれでボラれはしないか。状態も良さそうだったので、8本買った。

するとすぐ隣の屋台(というか荷車)のジダン風のオヤジから声がかかり、
オレンジ1kgで40ルピー、いや35でいいとのこと。

どうしようか考えてるうちにそいつは葡萄を一つ試食させ、
オレンジ5個を袋に入れて差し出した。今更だが少し負けろ。

「30」
「ノーノー、これはインディアンプライスだ」

『インディアンプライス』なんて言葉は初めて聞いたが、
ってことは対義語として外人価格もやっぱあるんだろうな。

まぁ1個7ルピーならそんなもんだろうし、購入。

猛烈にチャイが呑みたくなって、昨日入った宿近くのチャイハネへ。

ここでバナナ食べつつオレンジ食べつつチャイを飲み飲み、3杯。

隣のインド人が、オレンジを指差して『サンタラ』って教えてくれた。

少しもぎ取って食べる?って差し出したら、
インドにも遠慮ってものがあるのか単にインド的にチャイとサンタラは合わないのか、
いらない、とのこと。

で、チャイ3杯で満足したところで、本日の外出終了!

宿にかえってもうちょっとバナナとサンタラを食べて、
外篭もりBPに必須の東野圭吾文庫本「夜明けの街で」を
パラパラと捲ってみた。

ヤバ・・・キャナーリオモロソウwww

最初はひたすら、四十路目前の冴えない男とOLの不倫の話。

取り立てて東野圭吾ファンでもないので知らなかったけど、
本の帯によるとすでに映画化されてるようで、
31歳という設定のOL役はフカキョンが演じていた。(男優の名前は忘れたw)

フカキョンってちょっと前(実はかなり昔)までJK役やってた気が。。。orz

普段は小説より脳の負担が少ない随筆ばかり読んでる自分には珍しく、
どーもこの先の展開が気になって仕方がない感じ、、、

・・・こりゃ一気に全部読んでしまいたくなっちゃったぞ。。。

まぁ元々そのつもりだったけど、本日引き篭もりケテーイ♪

いやぁ~、結局誰が犯人なのか、(当たり前だが)
最後の最後まで引っ張る感じ。。。タマラムかった。。。w


1/15日

朝7時頃、窓のすぐ外で猿の大群がケンカか何かで騒ぐ声で目が覚めた。

ちょうどいい時間帯の日の出を部屋から眺めて、
バナナとサンタラの残りを食べて、朝食へ。

昨日は果物以外何も食べたくないくらい調子悪かったのに、
自分としては珍しく朝食を摂りに外に出る気になったのは理由があって、、、

「ここ数日の寒さはナンだったの?」ってくらい深夜からあったかく、
寒かったからさらに追加した毛布3枚を跳ね飛ばして逆に少し汗掻いて目覚めたくらい。

寒さで目が覚めることも無かったから睡眠もバッチリで、体調も回復したみたい。

まぁ昨日食後に薬飲んだせいもあるんだけどw

朝飯は、なんとなく気になってたインド人向けの店へ。これも宿出てすぐ。
ツーリスト向けの店はどこも似たようなメニューで高いし、もういいかな、と。

その店は、店頭にでっかくメニューを書いた看板があるから通る度に気になってたんだよね。

メニュー見てると店の中から「おはよー!!」って聞こえたんだけど、
まさか日本語だと思わなかったから、スルーしたw

そしたら、彼はインド人向けの飲食店ではいないような気がしてた
(まぁ自分も含めて場所が良いから外人も入るんだろうけど)
「日本語、少し」なインド人だった。

昨日一昨日と入った例のチャイハネでチャイをテイクアウトして、
バナナパナール(←チーズ)マサラドーサ20Rsを注文。

食べてると、もう一つのテーブルも埋まって、
その後来たインド人の幼い兄弟と相席に。
彼らはイドリー(インド人の発音だと「エースリー」に聞こえる)をそれぞれ注文。

7ルピーと安いし、ライスケーキだから腹持ちも良さそう。

しばらくするともう一つのテーブルが空いて、そこへ日本人の若いおんにゃのこがwww


キーー、キターーーーーーーー!!!


風邪でボロボロだった顔を久々にイケメン仕様にフルモデルチェンジし、
『こんちは~~』といつものようにwチャラ男っぽく声を掛けた。

いつも思うが、日本でナンパなんぞ(学生時代男グループでよくやりがちな)
罰ゲームでもやったことないのに、旅に出るとこうも簡単に
若い女の子に声を掛けてるのが、自分でも不思議。

まぁ、女子に限らず日本人ってだけで声を掛けたくなってんだけど。
コリアンタウン化しつつあるバラナシの、特にベンガリトラ辺りではね。

そのコは、かわいかったw

某アキバの誰かというよりも、自分の従妹に似てる気がしたけどw
まぁそんなことは置いといて、
そのMさんは一人旅で、しかもかなりのツワモノだった。

ここへはカトマンドゥからバスで来た。
それはよくあるパターンで、
この後どうするかってのが、

『東南アジアか中東』

らしい。

パキスタンやイランを抜けるのかと聞くとそうではなく、
北のカザフスタン辺りを抜けるんだとか。

今の時期じゃ寒そう(ここですら寒いのに)だけどな~
しかも同じようなコースを通った女性一人旅の旅行記を読んだことあるけど
ビザ面倒くさそうだな~

・・・とか話てると、Mさんは朝10時からヘナ教室があるとかで、
宿(ババGH)へさっさと帰ってしまったw

宿へ一旦戻って、今日こそはサールナートへ行くことに。

しかも、日本寺へ1泊させてもらおうかと。

チンタラチンタラと準備をして、午後1時頃出発。

非常食用にバナナ8本を買い、ゴードウリヤーからサイクルリキシャーで
バラナシ・カント駅へ。30Rs。

道中、背後から「はがけんじーーーー!!!」と叫ぶ声がwww

リキシャの運ちゃんにサールナート行きのバス停を尋ねると、
あっち、と東の方向を指した。

歩き出すとすぐに、「サールナート」と叫ぶ運ちゃんの声が。

しかしそれは、オートリキシャー。
しかも、客がすでに3人乗ってる。

試しに値段を聞くと、25。
20って言うと、一発で交渉成立w

・・・これがロンプラで言う『バス』?
・・・これが歩き方で言う『ミニバス』?

よぅワカランけど、ガヤ←→ブッダガヤと同じ、『乗合オートリキシャー』でしょ、これ。

まぁ安けりゃ何でもいいってことで、出発。

途中で何度か客を乗せたり降ろしたりして、20分程でサールナート到着。
珍しく親切な運ちゃんで、降り際に鼻水が鼻の上に付いてるって教えてくれたw

とりあえず日本寺へ。

お参りして周囲を見渡しても、日本人が見当たらない。

適当に暇そうなオッチャンに話しかけてみると、彼は旅行者、要するに泊り客で、
もちろん日本語通じず。

あの人に聞けば分かると指定された人も、最初日本語で聞いてみたら
『はぁ?』だったから英語に切り替えると、今日は満室とのこと...orz

事情はワカランが、まぁドネーションだけで泊まれるんだから
いつも満室でも不思議は無いわなw

ってことで泊まりを諦め、近くのチベット寺(五体投地する欧米人初めて見た)、
中国寺(中国への仏教の伝来経路を解説した世界地図に落書きがされ、『CHINA』にバツ、
 チベットの部分に『TIBET』と書かれていた。それほったらかしの中国寺もスゴイw)、
1km近く離れた韓国寺(ちなみにこっちは観光客含めて韓国人が数人いた)、
鹿公園、ムールガンダー・クティー寺院、ダメーク・ストゥーパ、アショーカ王の石柱を散策。

日本寺へ戻って、ブッダガヤに続いて夕方の勤行に参加。

ブッダガヤ同様に座禅するんだろうと思って呑気に待っていると、どーも違うらしい。

参加者は他に5人くらい。
部屋は20室あるし、宿泊の条件は朝夕の勤行に参加することなんだが。。。
彼らは別枠なのかな???

まずは、読経を15分程。

その後、木で出来た団扇の様なものを木のバチで「ドン、ドン、ドン、ドン、ドンドンドン」と
一定のリズムで、『南無妙法蓮華経』を唱えながら叩くのを30分程。

また5分程読経をして、ご本尊の裏に廻って「ドン、ドン、ドン、ドン、ドンドンドン」を
何度かして、「本日のお勤めナントカナントカ」、再びご本尊の正面に戻って
『南無妙法蓮華経』を数回唱えて終了・・・かと思いきや、
外で遊んでた子供が集まってきて住職の前に一列に並び、『南無妙法蓮華経』を3回
みんなで唱え終わると、住職から子供全員どころか勤行の参加者にも飴を2,3個手渡して終了。

いろいろ展開があって面白かった。

ブッダガヤ同様、住職はさすがに日本人だろうと思って
ダメモトで今夜やっぱり泊まれないかと尋ねてみると、
日本語の会話はスムーズに進み、
夕方に1部屋空いたので泊まれることになった。

けどこの住職、、、顔は似てるけど日本人じゃなさそうだな、、、と。

まぁ広いインドのことだから何人でもどーでもいいんだけど、
たぶんこの人は日本で修行したことのあるチベット系の人なんだろうな、と
勝手に結論付けた。

部屋は、6畳ぐらい。
コンクリート打ちっぱなしというと聞こえはいいが、
ホントにコンクリートで囲っただけの物置か家畜小屋か、って感じの部屋。

『宿坊』のイメージは脆く崩れ去った。。。w

そこに汚いベッドが1つと、ベッドにも使えそうなサイズの台が一つだけ。

シーツ、枕、毛布を貸してもらえた。

さらに8時過ぎからは夕食、朝8時半からは朝食も頂けるとのこと。
正直食事までは期待してなかったからラッキー!
(勤行と食事の時間以外は完全フリー)

夕食は食堂で。

メニューはチャパティにグリーンピースをカレー味に煮たものと、何かのレバーのように見えたが
肉ではない黒いものを赤唐辛子で包んだ辛い料理、バナナやサンタラなどの果物。

昼間に問い合わせた英語上手なスタッフと、食事担当の女性、
この寺の『和尚さん』と紹介された高齢のチベット僧と4人で。

食前と食後には合掌して、『南無妙法蓮華経』を3回唱えた。
壁にはカトリックの『天におはします我等の神よ』的な言葉が
日本語で掲げてあったから、僕はついでにそれも読んで合掌。

食堂にはテレビもあって、、映画とクリケットの試合を交互に見ながら。

コルカタで見た映画もそうだったけど、
インドの映画って何でもかんでもダンスシーンばかりじゃないんだな。

その映画はホラーもので、何故か日本の『さくら』が
効果的にBGMとして何度か使われてたwww

ミネラルウォーターがなくなって買いに行こうと思ったら
もう時間が遅いからと、食堂で使ってる「ピュアウォーター」を分けてくれた。
浄水器を通した水道水なのかな?
不安だったけど遠慮なく頂いた。
(1.5L程もらって全部飲んだけど、腹は壊さなかった)


1/16月

やっぱり寒さで寝付けず、朝6時からの勤行に最初から参加。

勤行の内容はほぼ夕方と同じだけど、
ご本尊の裏に廻る前に外に出て、
「ドン、ドン、ドン、ドン、ドンドンドン」をしながら寺の隣にある仏舎利塔も参拝。
時間にして15分ぐらい、長かった。

近所の子供は朝はさすがに来ないかと思ったら、
前日と同じぐらいの人数が、最後にはちゃんと集まっていたw

朝食はグリーンピースを和えたチャーハンと、バタートースト3枚、チャイ。

荷物をまとめて、帰ることに。

ところで、謝礼の件。

昨日の住職も『宿泊料は気持ちで』と言っていたが、
いくら渡そうか結構悩んだ。

現実的に考えて250ルピー分ぐらいのサービスを受けたことだし、
何より日本寺への寄付も含めてということで、500ルピー札を
本堂のドネーションボックスに入れて、立ち去った。
(人に直接渡すのは避けたかったし)

帰りは、鉄道で帰ることにした。

何故か、歩き方にもロンプラにもサールナート駅の記述があるのに、
鉄道でのアクセス方法について一切書かれていない。

駅が遠いならともかく、日本寺からわずか500mぐらいなのに・・・

駅へ行ってみると、たった一つの切符売り場らしい窓口に10人程の列。

構内の表示や時刻表はバスターミナル同様、英語併記なし。

でも時刻表を見たところ、
どっち方面の列車も11:30頃にここで乗れそうな感じ。

現在時刻は、10:00。
だいぶ先だが、今更乗合オートリキシャー乗り場まで戻るのも面倒だったから、
待つことにした。

しばらくすると放送がかかり、意味は分からないが
『ヴァ~ラナスィ~』と言ってるのが何度か分かった。

で、たぶんこの前の9:30頃の列車が遅れてもうすぐ来るんだろうなと推測したら
案の定、10分後ぐらいのノソノソっとバラナシ方面の列車が入線。

このとき線路をぼけーっと眺めてて初めて気づいたけど、
インド国鉄の線路幅って、日本の倍くらいあんのなw

ヤバイ、切符まだ買ってない。
さっき最後尾にいた人がまだ三番目ぐらいに並んでる。。。

たかだか切符1枚買うのに単純計算で1人辺り5分くらいかかってる・・・www

こりゃ待ってられん。。。

どーせ激混みなんだから検札も来ないだろう。。。

列車が動き出したので、、、とりあえず、、、乗りましたw

7,8分程ゆっくり走って、隣の駅が、バラナシ・シティ駅。

ここが終点かどうかは分からないけど客のほぼ全員が降りたし、
ガートへ戻るにはカントでもシティでもどっちでも良かったから、降りることに。

しかし、改札ではこれまで乗った急行列車ではなかった、集札が行われていた。。。

こりゃヤバイとホームに戻り、横に歩いてみると
貨物用のゲートが開けっ放しで人もいなかったから、
無事そこから出て、吸ったことない煙草を吸い終えた。。。www

これで捕まってたら警察に棍棒で殴打されまくって
刑務所行き、運がよければ強制送還なんだろうか。。。

どーせ5ルピーか10ルピーぐらいの近距離切符なんだから
もっと簡単に買えるようにしてくれよと思う。

シティ駅からは路地がほぼ南北に走っているので、
方位磁石を見ながらとにかく真南に歩いていたら、
45分程で宿まで帰ってしまった。

カント駅までは直線距離は同じくらいだけど、道がまっすぐでないから
シティ駅の方がだいぶ近くに感じた。

宿に戻って、同宿の彼が今日チェックアウトでブッダガヤへ行くので
彼と交換する星新一の『エヌ氏の遊園地』の残りを一気に読み、
彼の出発を見送った。

昼食べてなかったから、今日は夕食を早めに。
6時頃、ガッツリ食べようと思ってフリーミールの店へ行ってみると、
この時間はすんなり待たずに入れたと思ったら
普通のレストランとして営業してる時間帯らしく、
つまらないから注文しないで店を出たw

結局昨日の朝食べた行きつけ(になりそうな店)の手前の店でイドリー8Rsだけ食べ、
行きつけの店に入ってチョウメンと名前忘れたけどライスケーキのようなものを食べた。

そこに、常連らしい日本人登場。
ヒンディー語ペラペラ。

迷わず話しかけると、年に半年ほどバラナシに滞在する
日蓮宗のお坊さんだったwww

日本寺に泊まったと話すと、あそこにやはり日本人は今いないんだとか。
泊り客のほとんどはラダックから避寒のために来ていて、
調理道具も持ち込んで(たしかに隣の部屋の家族は自炊してた)んだとか。

勤行を担当した僧侶も、ラダック出身で日本でも修行した○○さんと
名前まで出して教えてくれた。

そのお坊さんはインド人と待ち合わせしてるそうで、
行きつけのチャイハネ(自分の行きつけと一緒)に移動し、
チャイを飲み飲み、話を聞いた。

やがて待ち合わせしていた、デビさん登場。

チャイを奢ってもらって、結局4杯。

話題はこんな感じ↓

・お坊さんが建築関係の仕事からインドに惹かれて出家に至るまでの話
・日蓮宗の勤行は日本でも「ドン、ドン、ドン、ドン、ドンドンドン」をする
・目の前のインド人の会話の内容
 <チャイの入れ方が悪い、味が変わった、手際が悪いなど、常連が主人に
  半分冗談で悪口を言っている>
・インド料理は味の種類が少ない。
・インド人に今必要なもの。
・カーストは身分差別じゃなくて、職業。
・ラップトップのパソコンが欲しいが、どうしたらいいか。

以前GHをやってたデビさんが今考えてるのは新しい楽器の販売で
大正琴のような楽器の試作品を見せてもらった。

気に入ったものが出来れば、お坊さんが買う予定なんだとか。

夜、ジョニジの孫2人が来て、ドミで一緒に寝た。


1/17火

体調は回復したようで、そうでもなかった。
完全に鼻声。タンと鼻水の量がえらいことになってる。

ついに持ってきたティッシュを全部使い切ってしまった。

夜中は寒くて何度も目が覚めたが、朝方から暖かくなって
ようやく熟睡出来、10:00頃、
離れになってるドミ部屋に朝昼晩と見回りに来るジョニジの声で
目が覚める始末。

溜まった日記を書いて、昼過ぎからようやく外へ。

・・・ヒキ同然だな、としみじみ思う。

もうお決まりになりつつあるバナナ8本20Rsとサントラ1kg(6個)35Rsを買い、
行きつけの店へ。

パウ・ブハジとかいう、何だかよく分からないものを食べた。15Rs。
ポテトを使ってると言ってた気がするけど、
バーガーのバンズだけに味付けて食べてるような感じw

食べていると、日本人出現。

・・・この店いると毎回日本人と遭遇するなw

今度は男性で、歳は同じくらいか少し上か。

杖をついてヘンな歩き方をしていたから無遠慮にも尋ねてみると、
バイクで事故ったとのこと。

失礼ながら、そんな人でもわざわざインドまで来てるのがスゴイと思った。

彼はバラナシだけの滞在ですでに2か月。
シタールを習いに来てるんだとか。

またまた失礼ながら、優しそうな顔に似合わず
両腕は2,3週間で消えるヘナではなく、
たぶん死んでも消えないタトゥーでいっぱい。。。

SHREE CAFEの横のスワティックGHに、月単位で契約して泊まってるんだとか。
(ここは日本人が家族で泊まりに来てたりするらしい)

店を出て横のチャイ屋で飲んでいると、
目の前のシタール屋に、日本人の若者男3人が入っていき、
太鼓(名前忘れた)の試奏を始めた。

・・・インドに来てようやく、日本人の若者グループを見たw

本の話になった。

彼は石田ゆうすけの「行かずに死ねるか!」は読んでいたが、
その他の旅系作家はあまり知らないようだった。

今読んでいる本はゲーテのファウスト。
ゲーテ自身が若い頃から死ぬまで、約60年掛けて書いた戯曲なんだとか。

他には、司馬遼太郎とか。

なかなかシブい趣味をお持ちで。。。

彼が宿に帰るついでに、未だに辿り着けないMEGU CAFEという店へ
案内してもらった。

その道中、さっき買ったばかりのバナナを猿に強奪された。。。www

サントラは無事だったけど、一瞬で一昨年のエラワンでの悪夢が甦った。。。

ついでに彼の泊まってる部屋も見せてもらった。

週末にはInternational Music Centerでシタールの演奏会をやっているとのこと。
目の前でシタールの演奏が聴けるのが最高なんだとか。

彼の部屋を後にし、バナナはまた後で買うことにして、
水とトイレットペーパー(1ロール30Rsを、2ロールで55Rsに)を調達。

ついでにインド版コーラThums UP(600mlで27Rs、冷やし代3Rs←ホンマか?w)と
マンゴージュース(こっちは冷やさなくても600mlで30Rs)を飲み飲み、
サントラ3個を食べながら店頭の椅子に座って人間観察。

宿に戻って蔵前仁一の「旅で眠りたい」を(前にも読んだことあるけど)読み始めた。

毎日恒例のプジャが始まったけど、今日は何故か分からないが
いつもと同じ音楽がいつもより少し早めに始まったかと思うと、
しばらくして音楽が消え、違う音楽に変わって、いつもより少し早めに終わった。

・・・まぁ儀式自体はいつもと同じなんだろうけど、今日のはなんかおかしかったな。
(↑本読みながら音だけ聴いてたから未確認)

8時頃、停電を気に晩飯へ。

真っ暗な市場でも珍しく予備電源を付けてる店で、バナナを今度は一房一気に購入。
14本+1本で、35Rs。

さらに小銭2Rsを見せて、サンタラ1kg(6個)を32Rsで購入。

暗くて顔の白さが見えなかったのか、値切り方が酷かったのか、
このとき店主に真顔で『お前はネパーリーか?』と言われたw

コルカタでパキスタニかネパーリーかと子供に訊かれたのは
笑ってたからたぶんギャグなんだろうけど、今回は真顔。

客引きにはコリアンだとかチャイニーズだとかいつも適当に答えるんだけど
こういう時はついムキになって、

『のーのー、オレはジャパニだ』

と回答。相手はなんか釈然としない様子だった。。。

帰りにやっぱりいつもの店に寄ってマギーとかいう
インスタント麺を使ったフライドヌードル30Rsを。

出来上がりを待っていると、すっかり顔馴染みになった店員達から、
(そりゃここ数日毎日だし、今日2回目だしw)

『日本のナショナルアニマルは何だ?』

と、唐突な質問が。

かなり悩んだ結果、JALのマークを思い出して

『鶴。ビューティフルバード』

と、羽ばたきのジェスチャー付きで答えた。合ってたかな?w

さらには、

『アイシテル』

の発音を覚えたいようなので、即席レッスン。

いつまでバラナシにいるんだって訊かれたけど、
調子は悪いままだし、
まだ沐浴してないし対岸にも行ってないし、
飲み食いで気楽に入れる店が見つかって、
ドミはジョニジの孫2人が部屋を韓国人に奪われたみたいで
夜は寝に来るけど、それ以外は独占状態だし、、、

・・・沈没スイッチ入っちゃったかもナーwww

今回は、日本人には会うことなく、宿へ帰還。


1/18水

昼過ぎまで『旅で眠りたい』の続きを読んだ。

アジアだけで1年、、、前にも読んだ本だけど、
イラつくぐらいスローペースだなw

午後から出掛けようかと思ったけど、
昨日買ったバナナとサンタラを見てついつい

『引き篭もれるな....ウシシ』

と思ってしまい、3時頃シャワーを浴びた後すぐに
次なる本

 村上龍『すべての男は消耗品である。Vol.2』

を手にとってしまった。

村上龍の本をまともに読んだことがないから
語り口に慣れず全然面白くなかったけど、
結局最後まで『それで?』って感じで最後まで読み飛ばした。

部屋がいつもより騒がしいなと思ったら
いつの間にか見知らぬインド人が男女の2人いて
2時頃から5時過ぎまでいたけど、
何の断りも挨拶もなかったけど
まぁ彼らはジョニジの身内だろうってことで
無視に徹した。

夕方からは腹減った気がしないでもないけど
同宿だった人と一昨日交換した本

 星新一『妄想銀行』

にスイッチ。

今日はついに外出しなかった。

支出ゼロ。
写真もゼロ。

一昨日の世界一周でカナーンに沈没してた時ですら
猫のタイガーの寝姿なんかを毎日数枚は撮ってたから
旅行中1枚も写真を撮らない日は
史上初なのではなかろうか。。。w

相変わらずドミには日本人どころか
部屋を見に来る客すら来ねーし
(数日前に1度、2人立て続けに来ただけ)
外に出たらインド人と韓国人だらけやし
飯は日本食もどき系と油の塊みたいなモンばっかで
正直飽きたし。。。

いい加減韓国人のいない町へ移動したくなってきたが
どーも気分的には次なる日本人にこの部屋の独占権を
引き継いでから出ないと気が収まらないってゆーか。。。

・・・そんなこんなで体調は良くも悪くもならないまま、
明日もズルズルダラダラと過ごしそうな気がしないでもない。。。


1/19木

8時頃起きた。

食料も尽きたことだし、さすがに今日は引き篭もってられない。

・・・と言いつつ、起き抜けにガンガーからの朝日を浴びながら
『妄想銀行』の続きを読んだ。

10時過ぎに、ふと思い立って、
(というか昨日か一昨日思い立ってたんだけど実行できなかった)
布団周りの掃除をした。

床を掃けば大量の砂埃、布団を叩けば吹き出す大量の埃・・・

・・・さてはこの布団、洗ったことないな・・・www

・・・喘息患者が続出する訳だ。。。ニヤリ

さてとっ、、、ってことで11時頃、40時間振りぐらいの外出。。。

昨日行こうかなと思ってやめたMEGU CAFEへ行ってみる事に。

一人では辿り着けなかった店だが、
一昨日教えてもらった経路でなんなく到着。

店内は、ここもか、、、って感じで、やはり竹島状態w

唯一空いたテーブルに座る。

生姜焼き丼130Rsとミルクコーヒー30Rsを注文。

ただ韓国勢の注文が溜まっているようで、なかなか出てこない。

目の前の厨房では、日本人女性オーナー(メグさん?)が奮闘中。

前のテーブルで膝を立ててひたすらガイドブックを読んでる若い男。。。
服装がインド被れだったからてっきり韓国人かと思ったwら、
彼が読んでたのは歩き方だったwww

まぁ話合いそうなタイプじゃなかったから話しかけなかったけどw

30分近く待って、ようやく生姜焼き丼登場。

『生姜焼き丼』ってもの自体がそもそも日本にあるか?って思ったけど、

まぁまぁ、、、野菜たっぷりでおいしゅうございました。(アレ、肉は?^^)

ってか、インド来て半月で一度もコーヒー飲んでないから頼んでみたけど、
これにミルクコーヒーは合わんよなw

ようやく手が空いて厨房から出てきたメグさんに、すかさず話しかけた。

年末年始に一ヶ月程帰国してて戻ってきたら、体調を崩したんだとか。

韓国勢は10年前頃から増えだしたんだとか。
それ以前は欧米人に日本人、イスラエル人が多かった。

日本人、イスラエル人が減り、韓国人が増えて、
最近は中国人も増えてるとのこと。

なんせ昨日食べた無いんだから今日はガッツリってことで、
追加に『出汁巻き』60Rsと、バナナミルクシェイク40Rsを注文。

食べた後にこっちの新聞に毎日載ってる数独を(簡単なので)
10分足らずでちゃっちゃと片付けると、
それを見たメグさん、算数から苦手で
数独もどうやるのかよく分からないというので、
ちょっとだけやり方を教えてあげたw

店を出て、一昨日会った人がアルカホテルの傍の店でバイトしてるっていうので
近くだから見に行ってみると、本当にいたw

暇だからその人(みつるさん)とバイトの手伝い
(というかただ座ってずっと喋ってただけ)をして、
彼のラップトップ(同じDELLだけど、僕のよりちょっと小さめ)の充電が
出来なくなったと言うので、彼の部屋で見てみることに。

ACアダプタが壊れたようで充電が出来なくなり、
代わりのACアダプタをこっちの店で買ったが、
買った時に店では充電出来たにもかかわらず、
部屋に帰って充電しようとすると出来なくて困っているという。

原因がどこにあるのかは分からないが、
確かに元のACアダプタでも、代わりに買ってきたものでも
充電ランプが全く点灯しなかった。

とりあえず、マシン本体に異常がないか調べるために、
マシン本体だけを自分の部屋に持ち帰り、
自分のACアダプタを接続してみると、充電ランプ点灯。

みつるさんのACアダプタ、代わりに買ったACアダプタを
自分の部屋に持ってきて繋いでみたら、点灯しなかった。

・・・ってことは、やっぱりACアダプタが壊れたんだな。

8時頃みつるさんの部屋に戻って結果を報告。

ついでに本を交換して、夕食に同行。

Navratan Kurmaという全く意味不明なもの70Rs、
Plain Rice 20Rs、Rose Lassiとかいうバラの香りのしそうなラッシー30Rsを注文。

みつるさんはバイト代を貰わないかわりに、
店と同じ系列のレストランでいつでも食事可。
(ただし、賄いメニューはいつも一緒)

だけど、飽きるから夕食にしか行かないんだとか。

それで、部屋代以外の食費・雑費を
1日たったの100ルピー以内にしているとは驚き。

1日150円って、、、日本じゃ子供の小遣いレベルだよなw

まぁそういう自分もここでプラプラしてるだけなら
哀愁漂う中年リーマンの昼飯代1日500円でお釣りが来る生活なんだけどwww

食後は市場でみつるさんの夜食(≠朝食)調達に同行して
自分用の朝食(バナナ、チョコマフィン)を購入して帰宿。

テーマ:バックパッカー
ジャンル:旅行

tag:バックパッカー インド コルカタ ブッダガヤ バラナシ ダライ・ラマ

34日目:いよいよインド

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昼は隣のロータスでぶっかけ飯。高い具を選んじゃったのか、具2種類で45B。

エアコン効いてるからCD,DVDコーナーで某●工房のDVDを発見したり
テレビのコーナーで3D映像を見まくったりして時間を潰したが、
それでも暇すぎて宿に帰り、昼寝。

夜から昨日知り合った人とカオサン近くのオススメホテルを下見に行くことにしてたけど、
それは明日にして、オンヌットのムーガタを食べに行く。

ムーガタはどこでも食べ放題99Bかと思ったら、この店は149Bだった。

カンチャの99Bの店との違いは

・バンド演奏がある
・鍋がちょっと綺麗?で、中央の隆起が低い
・ビール注いでくれるおねえちゃんがいない
・10Bの凍らせた有料お絞りを出してくる
・タワー型のビールがない

・・・ぐらい。結局1人300Bのお会計。食べ過ぎた。。。


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昨日からなんとなく思いついていた、メークロンへ。

ここは、テレビで何度か見た、市場の中に線路が通っている・・・というか、
もっと正確に言うと、線路敷上に市場がある場所。

宿からバスとBTSでウォンウィエンヤイへ。

そこからメークロン東線で約1時間、10B。

3Bの渡し舟で川を渡って西線も約1時間、10B。

西線は駅の場所が分からず線路を見つけたが、
どーみてもこれはとっくに廃線になってるだろうと思ってしまうような荒れ放題。

レールは金属じゃなくて木だし、継ぎ目で3cmぐらいズレてるしw

でも駅へ行ってみると発車直前の列車があって、飛び乗った。

終点のメークロン駅の直前が、例の市場。

列車が到着する直前、警笛が聞こえたら市場の各店が
一斉に日除けや商品を線路上から引っ込め、
列車は人や商品のすぐ横を掠めるように通った。

到着して、16:00発の折り返しの列車が市場を通り抜ける様子を
今度は市場側から見ると、
実は今のが終電だったことが分かり、ちょっと焦ったw

まぁメークロンもそこそこの町だったので、70Bのロットゥーでジャスト1時間、
アヌサワリへ帰還。

充実感たっぷりのワンデートリップだった。

夜は一昨日から知り合った人と4人で屋台のタイスキ。
ビール3本含めて全部で555B。やっぱ美味しくて安かった。

知り合った人達が連れ合ってペナンのほうへ行こうと話をしてるから
楽しそうだし乗っかろうと思ったけど、
エアアジアはキャンセルできないし出発48時間前まででないと変更もできないので、
今回ののっかりはなしに。

・・・ということで、明日からインド編、スタート。

10:25発の飛行機に間に合えば、だけどwww

テーマ:バックパッカー
ジャンル:旅行

tag:バックパッカー タイ バンコク メークロン

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